第20話 これは戦争だぜ
円卓騎士団混合試合『信用戦争』の観戦会場。
この場で最も高い場所に陣取り、マーリンの魔術で投影された戦いの様子を見ながら心底無邪気な笑みを浮かべる少女がいた。
ブリタニア国王、アーサー・カストゥリュー。
どちらかと言うと、劣勢なのはアーサー側の陣営だ。
アイシェン陣営残り。
アイシェン、ファフニール、サン、ジークフリート、モルドレッド。
円卓騎士団長陣営残り。
ランスロット、アグラヴェイン。
5対2の状況。
自分の国の面子を考えれば、円卓騎士団陣営には勝ってもらわなければ困るはずだ。
しかし、彼女はそんなことなどお構い無しのように、ただ目の前の戦いを楽しんでいた。
どちらが勝ってもおかしくなかったガヴェインとファフニールの戦いの決着の際には、身体全体を揺らしながら手を叩いて喜んだ。
思いつく限りの策をぶつけるも最後は圧倒的だったトリスタンとサンの戦いの決着の際には、「Yeah!!」と声を上げながらガッツポーズを取った。
逆転に次ぐ逆転で一瞬も目を離せなかったガラハッドとアイシェンの戦いの際には、手のひらを天に向けて立ち上がった。
まるで、自分の仲間がやられるのを、待っているかのようだ。
「アーサー様、アーサー様。民が見ています。あまりはしゃいだ行動を取るのはよろしくないかと……」
と、アーサーを諌めた女性の名前はベディエール・ベドリバント。
アーサーの側近にして、円卓騎士団長最高権力者。
とある戦争で右腕を失いながらも、主君であるアーサーのために戦争を駆け抜け敵をなぎ倒すその姿は圧巻であり、多くの国に恐怖の象徴として知られている。
しかし、そのトパーズのような眩い金色の瞳と、白いハーフアップツインテールのその容姿からは、真逆の印象を受ける。
「えー、余だってたまにははしゃぎたいんだよ?こんなに見てて楽しい戦争は久しぶりなんだから」
「お気持ちは察しますが、やはり国の代表としては……」
「ベティは、余がはしゃいでるの見るのイヤ?」
手を合わせ、懇願するようにベディエールを見る。
「いやな訳がない!王でありながら子供のように振る舞うアーサー様はまるで生きるダイヤモンド!遠くの国にある日常のワンシーンを切り取って思い出とする道具がこの場にあったならわたしは延々とアーサー様を撮り続けますとも!!いえむしろ、私自身の脳内から空き容量がなくなるまで刻み続け――!!」
「オーケーベディ、そこでステイ」
ちなみに、ベディエールはアーサーのことを愛している。しかも度を越える愛情を向けている。
「ところで、本当に良いんですか?うちの自慢の騎士団長たち、ことごとく敗北してますけど」
「それにはおよばないよベディエール君、アーサーにはアーサーなりの考えがあるからね」
突然口を挟んできたのはマーリン。今はどうやら、敗北したガヴェインを控え室に運び終えたあとのようだ。
「うげっ、ミラクル守銭奴クソマーリン……何しに来たの?あなたの持ち場はここじゃないはず。天国の守備でもしてなさい」
「はっはっは、ボクなら地獄を網羅させられるだろうね。どちらにせよ給料低そうだから、ばっくれるかも。とと、そんなことはどうでもいい。アーサー、この戦争は君のシナリオ通り進んでる?」
嫌な笑みを浮かべて、彼は問う。
切実に軽蔑したような表情を浮かべて、アーサーは一つ溜め息を吐いた。
心の中では、楽しいひと時が台無しだと思いながら。
「まぁ……この戦争は民の娯楽という視点で見ているものがほとんどだし、そこら辺で視察に来ている他国のスパイもその程度にしか思わないよ。だから余はこの戦争、円卓騎士団が負けても構わない」
「それは何故だい?」
「重要なのは、アイシェンが余にとって都合のいい道具として動くかどうかっていう点だ。この戦争でそこを見極める」
そういう彼女はつまらなそうに頬杖をついた。足を組んで、会話自体に飽きているとアピールする。
「ふぅん……でも、ボクから言わせてもらうとあれはだめだ。受身の姿勢、他人の言うことを聞く指示待ち人間。しかも、仲間の女性陣は彼のことをさほど大切に思っていないようだ。殺戮マシーンにはなるけど、従順なわんこには、彼はならないんじゃないかな?」
「……それが、マーリンの見解?だとしたら落ちたものだね、世界でも五本の指に数えられるほどの実力者である君の目も」
マーリンはムッとする。
彼女の中には、アイシェンを従わせる方法が浮かんでいるのかもしれない。
しかしそれは、彼にも想像は出来なかった。
「……ねぇ!せっかくの祭だ、二人も楽しもう!」
「「え?」」
アーサーはキョロキョロと周りを見渡すと、この戦争のどちらが勝つかということを賭け合っている様子が目に入った。
ニヤリと笑う。
「この戦いの決着はどうなるか、賭けない?余が負けたら、余の全財産を二人にあげよう。給料という形でね」
「えっちょアーサー様!?それはいくらなんでも……」
「よっしゃ乗ったぁ!!だったらボクは、アイシェン君が勝つ方に今月の給料全部……いや、やっぱり半分で!!」
「ずっるい!さすがマーリンずっるい!でしたらアーサー様!わたしは円卓騎士団の逆転勝利にマーリンの年収を!!」
「そっちのほうがずるいよ!?」
あははは、と無邪気な笑みが戻ったアーサー。
彼女はどちらの陣営に賭けるのか、二人は固唾を飲んで見守る。
「だったら余は――」
「――……え?」
アーサーが賭けたのは、二人の予想もつかないものだった。
***
「痛っ!!ファフニール、もう少し優しく手当して……」
アイシェンがガラハッドとの戦いで負った傷は深く、ファフニールがガヴェインとの戦闘を繰り広げている最中にも広がっていった。
これで死亡判定が出ていないのがおかしいくらいだ。
ちなみに今は、アイシェンの袖の布を一部ちぎって彼の額に巻いて応急処置を取っている。
「かなり傷が大きいからな、しっかり締めないとずれるぞ。……しかし貴様、これでよくマーリンの魔術が解けていないな、さては貴様は不老不死か?」
「それお前じゃん……でもマーリン先生曰く、この魔術はヒューマンの成人男性を基準に設定してるみたいだから不老不死とか関係ないらしいよ」
「じゃあ貴様は運がいいだけか……はい、応急処置終わり」
ファフニールはアイシェンに布を締め終えると、傷のある部分を優しく撫でた。
不思議と、母親に甘やかされているみたいで少し恥ずかしかったが、何故か心地良かった。
アイシェンには母親はいない。こんな感情を、彼は知らなかったというのに。
「……ありがとう」
「どういたしまして。さて、これからどうする?」
「……まずはジークとモルドレッドに合流かな。サン先生は……今は合流しなくても大丈夫だろ。あっちで戦っててもいなくても、あの人なら心配ないし」
「そうか。では、千里眼で二人を探してみてくれ」
「わかった」
アイシェンは千里眼を発動する。
まずは半径500メートル。そこでサンを見つける。
恐らく戦闘をした後だろう、弓の弦の調節をし、柔軟運動で体をほぐしている。
何だか余裕がありすぎていてムカついた。
そして千里眼の視野を半径800メートルまで広げる。
「……何か来る、ファフニール!!」
ファフニールはとっさにアイシェンの身体を担ぎ上げて、その場から少し離れた。
間もなく、先程まで二人がいた所に別の影が、砂煙を巻き上げながら現れた。
その正体は人型になっているバルムンクと、その主人であるジークフリート。
ジークフリートもアイシェンと同じように担ぎ上げられている。
「ジーク!無事だったか!」
「その声はアイシェンくん……て、すごい傷っ!お腹のそれとか大丈夫なの!?」
お腹のそれとは、ガラハッドの氷柱により開かれた傷のことである。
見た目はポッカリと空いているが、なぜかあまり血は出ていないし痛みもない。見た目以上に軽傷なのだ。
この傷が大して深くない理由は、ガラハッドが去り際にアイシェンの身体の中に氷で血止めをしたからである。
閑話休題。ジークフリートはバルムンクに担ぎ上げられた状態であるが、彼女の身体にはいくつかの傷がある。
刃物で切られたような傷に加え、火傷のような痕。
これは炎によるものじゃない。
もっと早く、炎症をできるだけ抑え、直線的なもの……。
「ジーク、そんなことより今は……!!」
「そ、そうだッ!アイシェン君今すぐ逃げ――!!」
その時、頭上から聞き慣れた声が響いた。
「外法の者、赤き彼岸花をその身に生やせ、我ら信ずるは真の神なり
されど滅びたる門は大きく、道は広く、真実の道は見つけられない
裏切る者には死を、神に背くものには裁きを
『
真っ赤に輝く雷が降り落ちた。当たれば絶命は免れないであろう雷だ。こんなものが神からの裁きだなんてイカれている。
バルムンクがジークフリートを、ファフニールがアイシェンを抱きかかえこの攻撃を避けた。
そしてようやく理解した。ジークフリートに付けられた火傷の正体は雷によってつけられたものだということを。
そして更に付け加えるなら、その傷をつけた人物はアイシェン達を裏切っているということも。
「……よっ、
「モルドレッド……!!お、まえッ!!」
「そう怒んなよ、見たとこ氷結白雪姫……もといガラハッドとの戦いでボロボロだろ?人数的にはそっちが勝ってるだろうが体力的な差でオレたちが有利だ。だからさ、もう諦めようぜ」
「そんなことより……なんで裏切った!?」
「つまんねぇこと聞くな、仮にも最強の戦闘民族様が。忘れたか?これは戦争だぜ?」
アイシェンはそれ以上何も言えなかった。心の中では、自分の発言が間違っているということに気付いていたのだ。
ファフニールの肩を借りながら、ふらつく足でその体を支える。
そして、刀をモルドレッドに向ける。
ファフニールもフロッティを、バルムンクもジークフリートを後ろに立たせてから剣をそれぞれ向けた。
「やろうってのか――」
モルドレッドが
刹那、突風が吹いた。
「なっ!?」
モルドレッドは目を覆う。再び目を開いたときその場に立っていたのは、自分ひとりだけだった。
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