第21話 最後の作戦会議

「あっれぇ……?」


 ブリタニア・コロセウム会場の森の中、モルドレッドは後頭部を掻きながら周囲をキョロキョロと見回していた。

 彼女は今の今まで、この場で三人と一本と対峙していたはずだった。

 ところが突然の突風に遮られ、目が開けるようになったときにはこの場には自分一人だった。

 アイシェン達を連れ去って行ったところを見ると、あれは向こう陣営のもの。消去法で考えて、あの突風の正体はサンだ。

 目にも留まらぬ速さで移動し、彼らを連れ去ったとしか思えない。


「うーん、だとしたら黒髪ロン毛の評価を改めねぇとなぁ」


 あいつの実力は多めに見積もってランスロットかアーサー王と同じくらいだと思っていた。

 しかし、それはかなり過小評価だったと思う。

 突風を起こすほどの速さで移動し、ヒト四人を一度に連れ去っていく。

 モルドレッドもやろうと思えばできるが、それでもこれは速すぎる。

 背中から「おぅい」と声が掛かった。

 現れたのは男二人。

 全体的に水色が目立ち、青黒い瞳が特徴的な長身の男性。円卓騎士団の中でも最強と謳われる男、ランスロット・ヴァン。

 もう片方は全体的に黒っぽい装備に身を包み、それとは対を成すような銀色の天然パーマが特徴的な男性。円卓騎士団の参謀と呼ばれる男、アグラヴェイン・グワルフ。

 まずランスロットがモルドレッドに話しかける。


「モルドレッド、あーたもしかして、ジークフリートちゃんを逃しちゃったの?」

「あぁ、まぁな」

「曖昧な答えねぇ……まぁいいわ、どうとでもなるし」


 ランスロットはいわゆるというもので、モルドレッドは彼と話すことが好きではない。別に喋り方だけの問題ではなく、時々こちらの心の中を見透かしてきたような発言をするのが気に食わなかった。しかしながら強い、彼の持つ魔剣『アロンダイト』はそれほど珍しい能力が付与されているわけではないが、本人が持つ水を操る能力と天性の戦闘センスが合わさり、円卓騎士団最強の名をほしいままにしている。


「あっ君、早いんだけど頼めるかしら」


 すると、今までガチャガチャと鉄鎖を弄り回していたあっ君と呼ばれた男、アグラヴェインはニヤリと笑った。


 ***


「いっ……ててて。助かったよ、サン先生」


 モルドレッド達がいる場所から南に大きく離れた場所。

 アイシェンたちは絶体絶命の中、サンによって脱することに成功した。


「アイシェンさんが脱落する前で良かったですよ。ていうか、私以外みんな集まってたなんて……三人と一本担いでくるの、大変だったんですからね!!」

「いや、だからありがとうって言って」

「言ってない!助かったって言っただけでした!そうですね私をほったらかして集合してるんですもんね、私が助けて当たり前って思ってるんですよねふーんだ!!」

「駄々こねないでよ感謝の念が薄れるじゃないか!!」


 この師匠は本当にめんどくさい。

 アイシェンは久しぶりに痛感した。


「……で、状況はどうなってます?」


 その場にいなかったサンに状況報告をする。

 アイシェンはファフニールの肩を借りながら近くの木に腰を掛けに行ったため、その役割は自然とジークフリートが担当した。

 アイシェンはガラハッドを倒した。ファフニールはガヴェインを倒した。モルドレッドはなぜかこちらの陣営を裏切った。

 これらの情報をジークフリートは共有する。

 大してサンもまた、トリスタンを倒したということを報告した。


「となると、騎士団長陣営の方は残りの二人とモルドレッドさんを入れて三人。私たちは人数有利を取れてはいますが……」


 チラリとアイシェンの方を見る。

 腹部の傷から血は流れていないが、それでも『生存判定』なのがおかしいくらいだ。

 マーリンが魔法をかけていないのではないかと怪しくなり、サンはアイシェンの傷に触れる。


「はーいちょっと我慢して下さいねぇ」

「は?あ痛だだだだっ!!ちょっとそこ穴!内臓!!死んじゃう!!」

「………心配しなくても死にませんよ。どうやらこの傷、氷で止血されています。何か心当たりは?」

「あー……あるにはある」


 戦いを通して敵側から謎に好意を向けられたということはあったが、説明するのが面倒でアイシェンは曖昧に返した。


「まぁ良いでしょう。とにかく、私たちは人数有利を持ってはいますが、明らかに体力の差で劣っている。しかも向こうにはロンドンで銀のナイフに共に立ち向かったモルドレッドさんが行ってしまった。正直、状況は宜しくない」

「サン先生やファフニールが戦ってもダメ?」

「余裕です」「余裕だ」

「ちょ、食い気味で即答しないで」


 サンもファフニールも、自分の実力に確固たる自信がある。

 モルドレッドもアグラヴェインも、最強と名高いランスロットでさえも二人が本気を出しさえすれば倒せるかもしれない。

 しかしこれはあくまでアイシェンの戦争。

 全てを味方任せではアイシェンは未来には進めない。

 それを理解していたから、先程の救出の際にもファフニールも連れて逃げたのだ。

 何か良い方法はないものか、サンは顎に手を当てて考える。


「……『覚醒』は使えないかな?」


 不意に出たアイシェンの発言。それは本当に思わず出た言葉だった。

 アイシェン自身でさえも気付いていない、勝利への渇望が突き動かしたのかもしれない。

 一番最初に異を唱えたのはジークだった。


「ちょ……何言ってるの?覚醒ってあれよね?あの、変な黒いもやもやが付いて暴走する……だめよっ!絶対だめっ!!また手もつけられなくなって私達を襲ったら……っ!!」

「大丈夫だ。マーリン先生との修行で、少しはコントロールできるようになった。本当に少しで、この傷も治せないけど、でも動くことはできる。ジーク、信じてくれ」

「でも……」


 それでも何かを言おうとするジークフリート。

 それをファフニールは制止させた。

 コクリと一つ頷くと。


「……我はアイシェンを信じるべきだと思う。それにさっきも言ったはずだ、これはアイシェンの戦い。我々は参加しているだけ。いくら貴様が現実主義者だからといって、これだけは変えられない」

「ぐぅ……でももし、ロンドンでの二の舞になれば……」

「その時は、私が全力で止めます」

「むむぅ……」


 ジークフリートが葛藤し始める。

 ロンドンで暴走したアイシェンを止めたのは他でもない、サンだ。

 その彼女が今ここにいる。

 その本人が自ら止めると言ってくれている。

 勝つためには手段を選んでもいられないのも事実だし、来るであろう問題も次から次へと解決する。

 選択肢は実質、一択だった。


「わかった……やろう。アイシェンくん、コントロールできたってどれくらい?」

「本当にちょっとだよ。身体の治癒能力を発動させるのも無理だし、ロンドンで見せたあの破壊力も出せない。強いて言えば、この傷だらけの身体を無理矢理動かして、普段の俺より少し早い程度で移動するだけ」


 ふむ、とジークフリートは考える。

 額に親指を押し当てるように、思考を固めた。そして、ため息を一つ吐いた。


「……よし、正直策だなんて言いたくないけど、それなりに良い考えは思い付いた」

「ほほう、聞かせていただいても?」

「その前に邪竜!少し気になったけど、あなたの不老不死は、このマーリンの魔術だとどういう判定になるの?」


 突然ファフニールを呼んだかと思うと、そのようなことを尋ねた。

 マーリンの魔術、「一度だけなら死ねる魔術」は、文字通りの不老不死であるファフニールにどんな効果があるのか。

 本人が不死であることから、魔術が解除されることはないのか。

 彼女はふむ、と一言口に出すと、語りを始めた。


「いや、アイシェンから聞いた話だが、不老不死は関係なく、普通の成人男性が死ぬレベルの傷を負ったら死ぬ、という魔術らしい」

「そう」

「だが、他の参加者より防御面での心配はない。首なんて簡単には飛ばないし、身体も吹き飛ばない」

「……よし、なら決まった。やっぱりこいつを使うことにするわ」


 するとジークフリートはどこからか何かを取り出す。

 それは、人が握りやすい形状と太さの棒に赤いボタンのようなものが付いたものだった。

 信用戦争が始まる前、サンに手渡されたプレゼントだ。


「あ、それ」

「……みんな、死ぬ覚悟はある?」


 ニヤリと笑うジークフリートとサン。

 これから起きる作戦が、ものになるということは、誰から見ても明らかだった――。

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