第19話 邪竜VS太陽の騎士
サンがトリスタンを倒す少し前。
場面は移り変わって。
「うぅぅおぉうあうあぁっ!!」
現在アイシェン・アンダードッグは、時速100キロの速さで空の旅を楽しんでいた……。
もちろん彼が空を文字通り飛んでいるとかそういう訳ではない。仮に出来たとしても、ガラハッドとの戦いでボロボロな彼の身体では不可能だ。
100キロの速さで木の上を飛び回れる人物に担がれながら空を駆けている。
もちろんその人物とは――。
「ちょ、ちょっとファフニール!!流石にこれは速すぎないかなぁ!?」
「阿呆!貴様の後ろであがる火柱が見えないのか!?このまま止まったら死ぬし、最高速度の一割も出していないんだから我慢しろ!!」
「そんなご無体な……ちょっと待って、まさか最高時速一万キロ超えるのか!?」
ファフニールはアイシェンを俵のように肩に担いで木と木を飛び移りながら、後ろで上がる火柱をかわしていた。
その攻撃を放っていたのは、円卓騎士団陣営の一人、ガヴェイン・グワルフ。魔剣ガラティンを振るい、炎の属性を操る、太陽の騎士と呼ばれた円卓騎士団長の中でも上位に来る実力者だ。
この戦いが始まってすぐに森を焼いた炎も、彼女が出したものだ。
「くっ……流石に飛び回ってばかりでは埒が明かない。ちょうど開けた所に出たし、降りるぞ!!」
「わ、わかった!でもソっとな?俺、ガラハッドとの戦いでボロボロ……痛ってぇあぁぁ!?」
最初に焼け野原にされた場所にまで戻ってきたファフニールは、このままではただのおいかけっこで終わると考え、この場所で決着をつけることにした。
今の状態では役立たずでしかないアイシェンは、そこら辺の木の上に投げ出されてしまった。
木の枝に洗濯物のようにぶら下がる形にはなったが、とばっちりを喰らわない限り彼に危険は及ばないだろう。
「あれ?おいかけっこもう終わり?わっちは結構楽しかったのに……」
二人が見ている森の中から一人の女性が現れた。
金色のやや癖のある長髪をなびかせ、立ち振る舞いも優雅で大人っぽい印象を受ける。
服装は、騎士らしいが男性が着ているイメージのほうが強いような鎧を纏っている。しかし腰の辺りに巻かれた布はまるでドレスのようにキラキラとしていた。
そして何より、隙がない。ガラハッドもそうだが、彼女は目に見える攻撃を全て防ぐような隙のなさだが、ガヴェインは目にも見えない幽霊がする攻撃でさえも感じ取ってしまうような雰囲気だ。まるで武芸に長けた達人の先を行ったかのような。
「我はおいかけっこはあまり好きではなくてな、小さい頃、それをしたくてもさせてもらえなかった環境だったからな」
「友達いないの?」
「ぐッ……そんなの関係ないだろっ!!」
――ファフニール、やっぱり友達いないんだ。
アイシェンも友達は多い方ではないが、思わず憐れみの目で見てしまった。
すると凄い勢いでファフニールは彼の方を睨む。しかも目が怖い。左目だけなのに、目だけで殺されそうだ。
「コホン……。それより、この戦いは昨日の会場に中継されている、だったな。であればただのおいかけっこよりも、女同士で殴り合う絵面のほうが客は喜ぶのではないか?」
「うーん確かに。そこの男の子が相手だったら、わっちは容赦しないで首を斬りに行っただろうけど、女の子が相手だからね……」
うーん、と悩み始めるガヴェイン。
その隙をついて、ファフニールは魔剣フロッティで彼女を攻撃し始めた――!!
「ちょ、わっちはまだ考え中だったんだけど!?」
「戦いの最中に隙を見せる方が悪い!!」
ガヴェインに呼吸をする暇も与えない速さでファフニールは攻撃を続ける。
殴り合いをするとか言っておきながら、思いっきり剣をぶつけ合う彼女に若干引きながらも、アイシェンは二人の戦いを観察した。
優勢なのはファフニール。不意打ちしたからというのもあるが純粋な実力でも彼女が勝っているように思う。不意打ちを仕掛けなくても良かったのではないだろうか。
しかし一方で、ガヴェインの方も負けているとは言えない。確かに防戦一方な彼女だが、同時にこのような発見もある。
ガヴェインは一度たりともファフニールの攻撃をその身に受けてはいない。
かすりもしていない。
不意打ちから始まったすべての攻撃は、かわすか流すかの二択。自分が不利になるような力比べや直接防御は一切ない。
「セイント・サマータイム……太陽が出ている間だけ身体能力が三倍近く上昇する、だったか。多分その名技が発動してるからだと思うけど、それにしたってこの攻防は……」
レベルが違う。
口にこそ出さなかったが、アイシェンはその現実に打ちひしがれそうだった。
やがてガヴェインも攻撃を始める。
「すごいすごい!今まで戦った人たちの中でも強い方だよ!」
「それはどうも……ッ!」
ガヴェインは褒める。嫌味のように聞こえるが、彼女は本当にそう言っているのが見てわかる。それくらい彼女の目は純粋だった。
しかしガヴェインの太刀筋は重く、片手で持てる大きさの剣なのに大木を振り回しているようにさえ見えた。
「……そろそろ決めるか。ところで貴様、目は健康か?」
突然ファフニールが口に出す。
目は健康か否か。そんなことを聞いて何になるというのだろうか。
「?一応両目とも視力には問題ないけど、それが?」
「いや、謝っておこうと思ってな。その目を潰してしまうことになるから、な!!」
その瞬間。ファフニールの姿が消えた。
次に現れたのは、ガヴェインの背後だった。
「高速移動。しかもわっちでも目で追うのがやっとだった。でもまだ甘……い?」
ガヴェインは即座に背後に剣を振り下ろした。
しかしそれは煙を斬るようにすっと降りた。
足元の影が、自分以外の誰かが現れたのにようやく気づく。
「ッ上!?」
ファフニールはガヴェインの頭上にいた。
フロッティの剣身を伸ばし、ガヴェインのガラティンでは届かない高さから攻撃をする。フロッティを巻きつけて、ガヴェインの剣を奪おうという算段だ。
しかしガヴェインも即座にその策に気付き、フロッティを弾いた。
「はあぁぁあっ!!」
それでもファフニールの猛攻は止まらない。
向こうが弾かざるを得ない位置にのみ攻撃を続け滞空を維持し、わずかにだがガヴェインに傷をつける。
しかしガヴェインも黙ってやられるわけではない。
右手でファフニールの攻撃を弾きながら、空いた左手で炎を放つ。
「言ったはずだ、その目を潰すことになる、と」
するとファフニールはまた消えた。
しかし今度はどこに現れるかは予想がつく。
空中にいたのだから、今度はガヴェインから比較的近い位置に降りるはずだ。
ところがその予想さえも彼女は超えてきた。
なんと近いなんてもんじゃない。ガヴェインの足元にファフニールはいた!!
「何だって!?」
グォンッ!と、右手をガヴェインの顎を目掛けて振るうが、流石は円卓騎士団長の一人、咄嗟に左手で守った。
同時にファフニールの右手を掴もうとしたが、また彼女は消える。
右、左、空、足元。
拳、剣、脚、残像。
考えつくすべての攻撃を続け、ガヴェインはそのすべてを抑える。
ここでアイシェンは、ファフニールの「目を潰す」という言葉の意味を理解した。
ファフニールはかなりの速さで移動しているが、目で追えないほどではない。しかも彼女はガヴェインの実力に合わせて速さを変えている。
目で追えて、なおかつ抑え込みやすいが体力を奪われるような位置に移動。それを何度も繰り返すことで、ファフニールは彼女の目に疲労を溜めさせているのだ。
その証拠に、少しづつだがガヴェインの反応が遅くなっている。
ここで更にファフニールは速度を上げる。今度は体力を奪う目的ではなく、確実に心臓を狙う殺すための攻撃を。
「これで最後ッ!!」
「くぅ……ッ」
ファフニールはガラティンを空中に弾き飛ばし、ガヴェインの首元にフロッティを突きつける。
ガヴェインの愛剣が宙を舞う中、ファフニールはジッと彼女を睨んだ。
「我の勝ちだ。だが、なぜ最後まで実力を見せなかった?策と言ってもただ高速で動き回るだけのもの、貴様なら対処ができ……いや、それよりもなぜ我がアイシェンを抱えて走っている時にでも名技を使わなかった?」
ガヴェインの名技は太陽の下での身体能力の向上
だがそれでは太陽のない時、具体的には夜や曇り空の下では発動されない。
しかもブリタニアは地理の関係上、別方向からの気流がぶつかり合うため雨が多い傾向がある。
ならばそんなときにでも発動できる、例えば彼女の炎を進化させたような『第二名技』があるはずだ。
なのに、いったいなぜ。
「あー……それ聞いちゃうんだ」
「聞く」
「その……ほらファフニールってそこのアイシェンを担いで移動してたじゃない?その運び方が雑で、なのに一生懸命なのが愛おしくて……」
「ほ、ほぉう……つまり?」
「頑張る二人が可愛くって『あっ、そういえば新しい妹か弟が欲しいなー』と思ってたら名技使い忘れてたの!!」
ごめんねぇと泣きじゃくるガヴェインを見て笑みを引きつらせ、ファフニールは「あっそう……」と、なんともいえない返事をした。
「ところで、ファフニールのさっきの作戦、私は悪くないと思ったわ。だから……ちょっとパクらせてね!」
ガヴェインはパチンッと指を鳴らして、人差し指を頭上へ向ける。
彼女の指の向く先には、彼女の剣がまだ宙を舞っていた。
何かがやばい、そう思ったファフニールだったが一足遅かった。
「言っておくけどこれは名技じゃない。ただの思い付きの通常攻撃だから!」
ガラティンを包むように炎が集まると、眩いばかりの強烈な光が放たれた!!
アイシェンは距離があったためすぐに気付き、咄嗟に目を隠してその光からは逃れられたがファフニールは間に合わなかった。
包帯で覆われた右目の代わりに、彼女の視覚的役割を全てこなしていた左目が、強烈な光で潰されてしまった。
「勝つためなら手段を選ばないのがグワルフ家に生まれた者。あとで沢山謝って頭撫でてあげるから許してね!!」
ガヴェインは落下してきたガラティンを手に取り、ファフニールの首に向かって剣を振るった。
しかし、ここであっさりやられるほど、500年を生きた竜は甘くなかった。
「私を……
ファフニールはガラティンを左手で掴み、ガヴェインの腕を蹴り上げ、剣を放させる。
「
そしてガラティンを放り投げると、今度は首に突きつけるという悠長なこともせずに、フロッティでガヴェインの身体を串刺しにした。
さっきのガヴェインの放った光をも超える速さで、何度も何度も突き刺していく。突刺剣の名を持つのに相応しい攻撃だ。
「
そしてフィニッシュ。
ガヴェインは身体中に風穴を開け、その一つ一つから血を流しながら宙を舞った。
そして、ガラハッドやトリスタンと同じく、光の結晶が身体から放たれる。同時に傷も塞がっていった。
ガラハッドの時とは違って気絶もせずに空中で体勢を立て直した彼女は、自分の体の変化に気付きうっすらと苦笑いを浮かべた。
やがて小さく溜め息を吐いた。
「あ……はは、負けちゃった」
ファフニール、勝利。
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