最終話 師弟対決 サンVSアイシェン

 両者、拳を使った純粋な殴り合い。獣のように大振りで、破壊力のある一撃を繰り出しているのがアイシェンだ。

 大してサンは、一撃一撃を社交界のダンスのように華麗にかわしつつ、隙きを見計らって拳を繰り出す。だがこちらは必要以上に動かない。

 破壊のアイシェン、美しさのサンと二極化されている。


「ッ!」


 サンがアイシェンに左腕を掴まれた。咄嗟にサンはその場にしゃがみ込み、空いていた右腕で地面に触れた。

 左腕を勢いよく持ち上げ、空中に放とうとしたが、サンは持ち上がらない。

 彼女は、右手を第一関節まで地面に突き刺し、持ち上げられないようにしていたのだ。


「私を持ち上げるということはこの世界を持ち上げるということです……よっ!!」


 サンは、自身の左腕を掴んでいたアイシェンの右腕を掴み返し、重力の力を借りながら自分の方へ引っ張った。

 宙に浮いたアイシェンはサンに覆いかぶさるような体勢にされ、鳩尾に向かってドロップキックを決められた。

 すかさず彼は空いていた左腕でそのキックを止め、最小限のダメージでサンから離れた。

 アイシェンは空中で一回転をしながら着地。サンは受け身のために両手を地面に叩きつけ、その反動で宙に浮いてから着地した。

 一息つける間もなく、二人はほぼ同時に拳を握り、戦闘を再開した。


「これが同じヒトなのか……?」


 そうファフニールは呟いた。

 二人の攻防は、それほどまでに激しく、素早かったのだ。

 竜はこの世界にいるどの人種よりも身体能力や反射神経が優れている。

 それでもなお、わずか3にも満たしていない攻防戦。

 ジークフリートに至っては、何が起きているのかも理解できないまま、口を開いて呆けていた。


「……ねぇ、あんた一応他の竜より強い、邪竜なんだよね?あの戦いだけど――」


 ついて行ける?そうジークフリートは聞きたげだった。


「ついて行けるか行けないかで聞かれれば、いける。だがそこまでだ。あの二人の戦いに巻き込まれれば、反射による防御だけで耐えるのが精一杯だろう」


 こちらから攻撃ができないとなれば、それこそ敗北とほぼ同義だ。

 そう話し込んでいる間に、サンとアイシェンは互いの拳の風圧で空中に浮き、その間も殴り合うという、なんともシュールな状況に発展していた。


「いやぁこれってあれですよね?学生服の少年と吸血鬼の男が殴り合って、その反動で空中戦に移行するっていうあの名作のシーンに似てますよねっ!私本当にあの作品が好きで――」

「ウゥゥゥアァァァッ」


 一人で戦闘中であることを忘れて話すサン。その隙きに空いた脇をアイシェンは殴りかかった。

 ――危ないっ。

 ファフニールが助けに行こうとした時。


「人の話は最後まで聞きましょうよ」


 サンはアイシェンの人差し指を握った。

 すると先程までの獣の猛攻はどこへやら、アイシェンは動かなくなった。

 それどころか頭の位置を下げ、掴まれている腕をもう片方の腕で庇おうとしている、もしくは離してくれと懇願しているように見えた。

 シントウには指を掴むだけで相手の戦意を喪失させる達人がいると、ファフニールとジークフリートは聞いたことがあった。


「まさかあれが……」

「アァァァッ!!」

「少し暴れれば落ち着くと思ってましたが、やっぱり友を失った悲しみは深い、か……。アイシェンさん、荒療治でいきますよっ」


 サンはアイシェンの指だけを掴んだ状態で彼を持ち上げ、地面に勢いよく叩きつけた。

 ドォンという激しい音と共に、硬い地面にクレーターが出来上がる。

 彼の体に黒い何かがあるのを確認すると、サンは再び彼を持ち上げ、先程よりも深いクレーターを生成した。

 そしてようやく、アイシェンの身体から黒い何かが無くなっていき、いつもの彼の顔が現れた。

 傷は一切ついていない。覚醒状態の異常な回復力のお陰だろう。


「目が覚めましたか?」

「え、あれ……サン先生?」


 アイシェンは、自分に何が起きていたのかわからないと言った様子だったが、上半身だけ起き上がって周囲の惨状を確認すると、すぐに自分がやったのだということを察した。


「そっか……俺、また――」

「――誰かを傷つけた。なんて陳腐なことを言うのは無しですよ」


 とサンが言う。

 それにはアイシェンも「えっ」と返すが、彼女の目は至って穏やかだった。


「貴方がどれだけ暴れようとも、どれだけ自分を見失おうとも、私は見捨てません。貴方が誰かを傷つける前に、私が殴ってでも止めます。絶対に止めます。だから、自分の力を恐れないでください。強くなることを拒否しちゃあ、駄目なんですよ……」

「先生――」

「でも、皆さんに迷惑をかけちゃったことは事実なので。ほら!ちゃんと謝りなさいっ」


 無理矢理サンはアイシェンを立ち上がらせ、ファフニール、ジークフリート、バルムンクの三人がいる方を向かせた。

 そして彼の背中を思いっきり叩いて激励する。


「みんな……本当にごめんっ!」


 涙ぐみながら、頭を深々と下げて謝罪するアイシェン。

 それを見て、バツが悪そうにファフニールは視線をそらした。


「我は別に……その、貴様がちゃんと謝れるやつで良かったというかその……」

「何言ってるのさ?やっぱり竜は突然のことに弱いのさ」

「だ、黙ってろ!!」


 二人をおいて、ジークフリートがアイシェンと向き合う。


「まぁ、私を含めて、全然怒ってないし、それに、アイシェンくんが暴走したときに止めるのはサンちゃんだけの役目じゃないよ。私もバルムンクも、ここにいる邪竜だって止める。最も私は立場上、難しいかもだけど」

「ジーク……みんな、本当にありがイダダダダッ!?」


 突然サンがアイシェンをつねった――!

 つねっている部分は二の腕の後ろあたり、ようは一番痛い部分である。

 たまらずアイシェンはサンを叩いて、離してくれと懇願する。


「ちょ、サン先生!?何するイダダダダッ!!」

「あ、いえ。なんか良い話で終わりそうだったのでむかつきまして」

「そう誘導したのはあなたでイダダダダッ!!もうやめろっ!!」


 ぜぇぜぇと荒い呼吸をしながらアイシェンはサンと向き合う。

 彼女は無邪気な少女のように、アイシェンのことをケラケラと笑っていた。

 そして流れた涙を拭った。


「ふう。さてアイシェンさん、行きましょうか」

「どこに?」

「決まってるでしょう。というか、誰のために私がわざわざ、時計台の中に残って瓦礫をかわし続けてたというんですか」


 そう言いながらサンは、瓦礫の山の頂上に向かって登っていく。

 元時計台の山を登りきると、そこには。


「え……トーマス?」


 トーマスがいた。正確には、遺体となった、だが。

 それでも瓦礫が降る中、高所から落ちてきたという割には彼の身体はとても綺麗で、とても穏やかな表情だった。


「とても大変でしたよ。あぁちなみに、その顔は私はいじってません。最初から、とても安らかでした……」

「………」

「彼は最後、自分たちのボスによって殺された。しかしそれは彼自身、わかりきっていたことだった。大事なのは、最後にアイシェンさんと、腹を割って話せたということ。たしかに彼は最低の犯罪者です。が、貴方にとって、最高の友だったのでしょうね」


「無論、彼にとっても」と、サンは続けた。

 そう。トーマスは粉塵爆発を使おうと見せかけた時、真っ先にアイシェンを庇いに行った。

 それは偏に、彼の中にある友情が、彼自身を突き動かしたからだろう。

 たとえブリタニア中に、最悪の犯罪者と罵られようとも、トーマスは忘れなかったのだ。

 アイシェンという、友の存在を。


 ――その時、月が照らす夜空。

 トーマスが見えた。

 幽霊と呼ぶべき、下半身がモヤのようになっている彼の姿を。

 静かにアイシェンの方を振り向いて、トーマスは手を振った。

 そして彼は、天へと登っていく。


「先生……いま、トーマスの幻が見えました」

「幻なんですか?」

「うん。だって、さ――」


 アイシェンは嗚咽をしながら呟いた。


「あいつが天国に行くわけ、無いよ……」

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