London Murderer 後日談

 シティ・オブ・ロンドン 午前十一時十五分


 時計台での戦いから一夜明け。

 あの戦いでの影響は大きかった。

 時計台の崩壊やパラケルススの自爆による住宅の被害。

 第一、あの戦いでは勝利と言える勝利は殆どなかった。

 パラケルススはそもそも、本人が戦いに参加しておらず、捕らえることが不可能だった。

 また、シェイクスピアとモーツァルトは即座に撤退し、アイシェンの千里眼でロンドンを一通り探しても見つからなかった。

 アイシェンもトーマスを倒したものの、最終的にとどめを刺したのはジェームズである。

 勝利を収めたと言えるのは、倒して生け捕りにしたジークフリートとバルムンクのコンビだけ。

 つまり総体的に見て、この戦いはアイシェンたちの敗北である。


(でもまぁ、俺にとって勝ち負けはどうでもいいかな)


 そっと静かに、花を地面に置いた。

 トーマスの遺体はあの後、ブリタニア国家が回収していった。

 彼を一体どうするのかは何も知らされていない。

 どうせろくなことじゃないだろう。できればきちんと埋葬されてほしいとは願うが。

 アイシェンは立入禁止になっている時計台のそばに来ていた。


「お、こんなところにいたのか、コーヒー侍」

「モルドレッド、起きてきても良いのか?」


 モルドレッドはパラケルススの爆発をもろにくらっていた。後で来たブリタニアの医療スタッフの話によれば、肋骨を何本か折る重症だったそうだ。

 そう考えると、ほとんど無傷だと診断されたファフニールは恐ろしいなとアイシェンは思う。


「それはお互い様だろ」

「俺は覚醒状態のときに大体の傷が治ったんだ」


 覚醒についてはすでに話しておいた。

 モルドレッドも知識として覚醒のことは知っていたが、「本当にあったのか」ととても驚いていた。


「聞けば聞くほど羨ましい能力だなぁ。とんでもねぇ戦闘力にとんでもねぇ回復力。しかも、それ以外にいろんな能力が使える名技なんてよ」

「そんな良いものでもないよ。昨日みたいに暴走したら、止められるのはサン先生だけだ。でも、これから頑張って修行して、使いこなしてみせる」

「へぇ、で?その心は?」


 モルドレッドは探りを入れるように尋ねてきた。

 対してアイシェンは、はっきりとした姿勢で答える。


「俺はシントウの民を勘当されて出てきた。それからは漠然と、自分を追い出した爺ちゃんを超えるためだけに生きようと、強くなろうとしてきた。今は違う。今は友達を、トーマスを殺したジェームズを倒して、やつの組織であるPOWを、ぶっ潰す――!!」


 そういうアイシェンの目には怒りとともに、熱い信念と意志が込められていた。

 それを見てモルドレッドは、少し笑って。


「じゃあ、人手がいるな」

「え?」

「POWの規模は、てめぇが思ってる以上にでかいんだぜ。だから、うちの銀髪参謀をやるよ」


 それにはアイシェンも驚いた。

 突然、モルドレッドが銀髪参謀、もといジークフリートを連れて行けと言ったのだ。


「え、いや、そんな道具みたいな……あいつの意志は聞いてないだろ?」

「いやそれが、この戦いが終わった後のコーヒー侍への褒美どうしようかってあいつと相談してたんだけどよぉ。冗談半分で『お前がコーヒー侍の仲間になるってことを褒美にしようぜ』て言ったら、なんて言ったと思う?」


 ふるふるとアイシェンは首を横に振る。


「このブラック企業をやめれるの?」


 ――ご愁傷さま。


「でも良いのか?確か参謀とか、そうじゃなくても書類関係とか、ジークに任せっきりだって……」

「いや、そっちはがあるから良いんだ。それに書類整理ぐらいオレだって出来るぞ」

「そうなの!?」

「てっめぇ……あからさまに見下してたなっ!!これでもブリタニアを統治する円卓騎士団長の一人だぜ!?」


 思わず、二人は笑った。

 ロンドンの戦いを忘れて、大きな声で笑いあった。


「そう言えば、ブラックロン毛とダブルホーンはどうした?あの二人も入院の必要なかったんだろ?」

「そう言えば今朝から見てな……その前にモルドレッド、あいつら、何だ?」


 アイシェンが指した方にいたのは、馬に乗ったき難しそうな男性の軍団。

 旗から、ブリタニアに国家の者だということがわかる。


「Pure knight騎士団……」


 ブリタニアを治める国王直属の騎士団と名乗る彼らの中から、髭を生やした、最も偉そうな男が出てくる。

 彼は話す。

 アイシェン・アンダードッグに、ブリタニア国王、アーサーに謁見せよ、と――。


 ***


「本当にブリタニアを出ていくの?」

「それしかないんだから、仕方ないよ。リーダーも死んだ。バックも捕らわれた。私たちが残る理由なんて無い」


 この場にいるのはシェイクスピアとモーツァルト、そして本物のパラケルスス。

 三人はロンドンの郊外で、今後の方針について話し合っていた。


「でもウィリアム、怖いよ……それって結局、POWを裏切ることになるんだから」

「裏切ったのは向こうの方だ。あいつら、私たちに相談もなしにリーダーを殺したんだ。それに私は、最初からPOWが嫌いだったからねぇ」

「まぁ……ウィリアムも好きじゃないしね。サイエンス……とと、パラケルススはどうするの?」

「ふんっ、ワタシは技術提供の面で買われた。だからPOWは、ワタシ個人に興味なんて無いんだヨ」

「てことは?」

「ワタシはリーダーがいたから銀のナイフにいた。研究が捗る最高の環境だったからPOWにいた。だがジャックが死んだ今、最早どうでも良い。ワタシはPOWを抜けるヨ」


 じゃあ決まりだね、とモーツァルトは手を叩いた。


「実は少しばかり、当てはあるんだ。最もそこも危険ではあるけど」

「ウィリアム、エメージュと一緒ならどこでも良い」

「ありがと。で、パラケルススはどうする?旅は道連れって言うけど」

「まぁ、人体実験の材料を手放すのは惜しいからネ」

「じ、人体実験!?ちょっとマッドサイエンティスト、ウィリアムたちにそんなことしてたの!?」

「ときどき夕食に、なんか出来た得体の知れない薬を入れたりはしたヨ。あぁ安心したまえ、入れたのは三流作家のやつにだけだ」


 いつものウィリアムなら、むっきぃと言いながら、パラケルススに掴み掛かっていっただろう。

 だが今日は少し違った。

 怒りはしたものの、表情が晴れない。


「その……実はねエメージュ。今回の戦いで謝らなきゃいけないことがあるの……」


 シェイクスピアは自分の右腕を見せた。そこには、モルドレッドとの戦いで傷付いた腕輪が着けられていた。

 それはシェイクスピアとモーツァルトが、お揃いで着けている腕輪だ。


「ごめん……ごめんね……。エメージュが、オーダーメイドで作ってくれたお揃いの腕輪、傷付いちゃった。ごめんね……」

「何だそんなことか。ちょっと見せて」


 シェイクスピアの腕輪に付いた傷の位置を細かく確認すると、モーツァルトは突然、地面に落ちてた石を拾い上げ、自分の腕輪に石をぶつけた。

 何度かずれて彼の腕に当たり、血が流れた。


「え、エメージュ!?」

「ほらご覧よ、ウィリアム」


 モーツァルトは、自分の左手に巻かれた腕輪を見せつけた。


「これで、またお揃いだよ」

「……エメージュ」

「くぁーッ!!臭い芝居はあとにしたまえヨ!!」

「ちょっと空気読んでよこのド三流科学者!!」

「変な芝居をする方が悪いんだヨ、このなんちゃってヘボクリエイターが」

「ぐぬぬぬぬ……」


 すると突然、モーツァルトが笑いだした。

 流石の二人も、これには動揺する。


「いやごめんごめん、銀のナイフはやっぱりこうでなくっちゃね。さ、そろそろ行かないと国家の連中が嗅ぎ付けてくる。急ごう」


 そして三人は、ロンドンを背に歩きだした。

 これからどこへ、何をしに行くのか、それはまだ先の話である――。

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