第16話 迷宮とホムンクルスの行進①

 ***


 ――騎士団寮、モルドレッドの執務室。


 全員はモルドレッドの机を囲むように立っていた。

 閉じたカーテンの隙間から見えるのは、パラケルススが作り出した名技『メイキング・パレード』だ。


「あれはランベス村に来る前、オレ達は近くでキャンプをしていた。勿論遊びじゃないぜ?無策で村に入るより先に情報を集めるべきだと考えたんだよ」

「でも団長、一番はしゃいでたよね。今日のキャンプ飯はカレーな、とか言って」

黙ってろzip your lips銀髪参謀。で、そのときオレ達は、村の中で暴れるあれを見た」


 モルドレッドはカーテンを少し開けて、ランベス村を徘徊する不思議なやぐらを睨んだ。


「あれは近くで見た者の感覚を狂わせ、内臓を抜き取りホムンクルスにしてしまう、悪魔の名技だ。オレ達は見た場所が遠かったから無事だったが、ランベス村の奴等はそれで……」

「なるほど、これほどの大人数をどうやってホムンクルス化していたのか疑問でしたが謎が解けました」


 と、サンが。


「催眠か何かの要領で村の人たち全員を別の存在へと変えさせる、範囲攻撃型の名技……かなり厄介ですね」

「あぁ、その事に気付いたのはお前達がこの村に来た時だったからもう手遅れ。だがその代わりに……ゴビネ探偵!!」


 となりの部屋からゴビネ探偵……もといホームズが現れた。

 大量の書類が入って百科事典のように分厚くなった封筒を机に置いた。


「とりあえず、皆が戦ってる間にあの名技について調べたのね。情報が少な過ぎて本当に骨がおれたのね」

「凄い……こんなにたくさん。しかもこれ、弱点まで調べてあるし、内部の地図まで」


 ジークフリートがそう言うと、ホームズはふんぞり返って「へへっ」と笑った。


「まぁ?ホームズちゃんは天才なので?疲れたには疲れたけど出来ないほどじゃないと言うか――」

「ゴビネ、報告は早くしようぜ」

「……あれには一つ大きな弱点がある。内部にある真っ赤な球体のコアを破壊すればすぐに止まるのね」


 自分の自慢を邪魔されたことに不服なのか、ホームズは溜め息混じりで淡々と説明をした。


「内部構造は簡単、やぐらの足元から入ればすぐにコアなのね」

「つまり、あれの足元に潜り込んでしまえば、万事解決というわけか」


 とファフニールは結論付けるが、表情の良くなる者はいなかった。


「いや、それって要するに、あれを見続けたら狂っちまうから見ないように近づく。なおかつ、触れれば即死のあの迷路を抜けて、まだ生き残ってるホムンクルスを避けてだろ?」

「加えて、あの名技は動いてるから、近づいていたけどまた遠ざかっちゃったっていうことがあるんじゃないかな」

「どう考えても無理だぜ……」


 モルドレッドとジークフリートの二人が、自分達で言った言葉に自分達で絶望していた。

 ちなみにバルムンクはすでに諦めモードに入って剣の姿になっている。

 その為、バルムンクの剣技でごり押すということも出来ない。

 ちなみにモルドレッドの雷を直接当てる方法なども考えられるが、狙いを定めるためにはやはり直接見続ける必要もあるため、あまり良い方法とは言えない。

 そんな時。


「じゃあ私たちが何とかしましょうか?」


 今の今まで一言も発さなかったサン。

 アイシェンの肩に右手を置いて続けた。


「里を追い出されても、私たちは最強の戦闘民族シントウです。出来ますよね、アイシェンさん?」

「うえぇ……」


 サンのその笑顔に、物凄く渋い顔をするアイシェン。

 そこから話されるサンの作戦に一同は感心していたが、良い顔をしていなかった人物はもう一人いた。

 誰もその事に気付かないまま、善は急げと言わんばかりに、作戦は開始されていった。


 ***


 それぞれの立ち位置はこうだ。

 騎士団寮の前にはサンが弓を構え、アイシェンが高く飛ぼうとしているようにしゃがみの体制をとっている。

 屋上には『メイキング・パレード』の動きを逐一確認する役割としてファフニールを配置した(竜は動体視力がかなり良いとファフニール自身が言ってたから)。

 ホームズ、モルドレッド、ジークとバルムンクはホムンクルスの撃退や、その他サポートの役割として、先に迷路の方へ行った。


「さぁてと……それではいつも通りに。準備は良いですか、アイシェンさん?」


 サンのその問いに、アイシェンはコクりと頷いた。

 するとサンは深呼吸を一つ。そして――。


「……太陽よ」


 ――サンの射った一矢は、空高く天に向かって飛んでいった。その時目の錯覚でもなく気付いた時には一本の矢は大雨のように増えパラケルススのやぐらを射ち抜いていた。


「跳べ、アイシェン!!」

 掛け声と共に「了解!!」と返したアイシェンは、矢と同じく空に向かって高く跳ぶと、矢の一本一本を足場として乗り継ぎ、やぐらに近づき、刀で斬っていく。

 一度適当な家の屋根に降りてはまた跳んで矢を足場にして斬りつけるという作業を繰り返していた。

 サンはアイシェンの足場が失くならないよう、何度も空に向かって矢を射ち続ける。


「……すげぇな」


 この状況を見ていたモルドレッドが、不意に口に出す。

 当然の反応だった。

 サンは名技か何かで矢の本数を増やしているのだろうが、アイシェンに直接当てず、足場だけを増やす完璧なサポートを。

 アイシェンは天を物凄いスピードで駆ける足場一つ一つを乗り継いで攻撃している。しかも、直接やぐらを見るわけにはいかないからとかなりの頻度で目をつぶっている。

 目を開けている時間はほんの数秒だ。


 どこかの国には、海に浮かぶ船八艘を兎のように乗り継いだ英雄がいると聞いたことがある。

 しかし今の二人は、それ以上の事を成している。


「あれがシントウ、ねぇ……」

「団長、そんなこと言ってる暇があったら、さっさと移動するのね」

「つってもよぉゴビネ探偵、ホムンクルスはあらかた壁に取り込まれてたし、ブラックロン毛の矢のお陰でやぐらは動かない。オレたちがすることなんて」


 その時不意に、モルドレッドの後頭部をがガシッと掴んだ!!


「なっ――!?」

「のさぁ!!」


 バルムンクはその何かをあっさりと斬り飛ばした。が、依然その正体はわからなかった。

 取り込んだもの全てをぐちゃぐちゃに砕いてしまう迷路の壁。

 中に誰かがいるとは思えなかったが、何かがズルズルという音をたてて近付いてきた。


「……おい、こいつは――!?」


 壁の中から出てきたのは、取り込まれてぐちゃぐちゃに砕かれたと思い込んでいたホムンクルスだった。


 

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