第15話 ハムレットの迷宮③

 ***


 短刀と長刀が闘えばどちらが強いのか。

 間合いの差で言えば長刀だろう。短刀が届く前に、長刀は攻撃できる。

 小回りの差で言えば短刀だろう。長刀が外れれば、短刀は心臓を刺す。

 つまり、どちらも強いのだ。

 大事なのはどちらも使い手次第であること、長刀にしろ担当にしろ、使う者が強くなくては意味がない。


 その点を踏まえると、現在ランベス村の屋根で戦いを繰り広げる二人の内から勝者を決めるのは不可能だった。


 ナイフで人を殺すことに特化した殺人鬼。

 刀での戦闘に長けたシントウの民。

 永遠に続くかに思われた戦いだった。


「アイシェンさん!」

「はいっ!」


 サンの掛け声と共に射たれた矢は、アイシェンの頭部すれすれを通り過ぎてトーマスに当たる。

 しかしそれもかすっただけだった。


「アクトレス!!」

「目の前にいる敵の心臓をえぐり出せ……『ヴェニスの商人』!!」


 シェイクスピアの本の中から飛び出してきた黒いローブをまとった老人は、ナイフを片手にアイシェンに突撃する。

 しかしあっさりとアイシェンに斬られ、粉となって消えていった。


「くっそぉ勝負がつかない!!」

「落ち着きなさいアイシェンさん。叫んだって事態が好転するわけじゃありませんよ」

「うぅ……」


 そんなやり取りをするふたりに、トーマスは言う。


「それにしてもビックリしたよ。まさか空に向かって矢を射って、それを足場にして登ってくるなんて……全く予測もつかなかった。ていうか何で出来たの?」

「小さいときからサン先生に仕込まれたからかな。でもこの迷路も酷いなトーマス、出口が見当たらないぞ?」


 そう。シェイクスピアの作り出した迷路、『優柔不断の迷宮』ラビリンス・ハムレットには出口がなかった。

 村の外までも続く長い迷路。地平線が見えそうだった。


「当ったり前だよ!だってウィリアムは、この迷路を攻略なんてさせる気ないもんね!今二人みたいに出てこれたとしても、依然ピンチに変わりはない。だって、あの壁に触れたら終わりだから、あの壁の無い家の屋根でしか戦えてないじゃん!」


 シェイクスピアの言うとおりだった。

 アイシェンとサンは、ランベス村の民家の屋根でしか動けない。

 対して向こうは、壁で取り込む相手を操作できるのか、壁に触れても乗っても取り込まれることはなかった。


生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ。To be, or not to be: that is the question.この迷路は肥大した国家のエゴの集合体。生きて出ようなんて甘い考えは許さない。いや、許されるはずがない。つまり何が言いたいかっていうと、さっさと迷路に捕まって死んじゃえ!!」


 そのとき、シェイクスピアの言葉に共鳴するかのように迷路から大量の白い手が伸び出てきた。

 石やホムンクルス、ありとあらゆる物を掴んで粉々にするその手は、まっすぐにアイシェン達の方へ向かっていく。しかし。


 ――シュバッ。


 その内の一本の手が射ち落とされた。

 そのまま何度も射たれ、全ての手は手首を落ちていく。


「サン先生!」

「……ここまで本気出すつもりはなかったんですけどね」

「ウィリアムの迷路の手が全部落とされた?あり得ない……あり得ない!!」


 その後も何度も迷路から手を伸ばすが、ことごとくサンによって射ち落とされた。


「くぅ……」

「私には効きませんよ、もう。このまま諦めてもらった方が楽なんですけどねぇ」

「むっかーッ!!」


 怒りのあまり奇声をあげるシェイクスピアをトーマスがなだめる。

 見た目だけだと、欲しいものが買えなくてねだる子供と保護者のようだった。


「……トーマス、俺からも聞きたいことが二つあるんだけど」


 不意に口を開いたアイシェンに驚きながら、トーマスは「なに?」と返した。


「あの人造人間ホムンクルスにされた村の人たち、元に戻すことはできないのか?」

「それは無理だね。詳しくはサイエンスに聞かないとわからないけど、あれは内臓を抜き、脳に特殊な電波を流して操っている。言ってしまえば、もう彼らは全員死んでるんだよ」


 ギリッ、とアイシェンは歯を食い縛った。

 それでも深呼吸を繰り返し、溢れでる怒りを押さえた。


「それじゃあ二つ目……そのサイエンス、パラケルススはどこに行った?」

「彼か。彼なら今ごろ、アイシェン君たちを倒すための作戦に取り組んでるはずだよ。ボスからの命令に間違いはないからね」

「さっきも言ってたよな、ボスって。それに最初の作戦で失敗した奴のことをまだ信じてるんだ」

「おっと痛いところを突いてくる。まぁ、サイエンスはちょっと性格に難はあるけど、僕らの作戦参謀だし、何よりこれから指揮をとるのは、僕らのボスだ」


 またボスだ。


「ついでに言えば、一点だけ僕達は仲間に対してアイシェン君と違う部分がある。それは――」


 突然、トーマスの背後から何かが飛び出す。軽快な音楽と子供ならば喜んでしまいそうなポップなキャラクター。

 シントウの祭りでよく見られる山車や御輿のような、盆踊りのやぐらのような……。

 一言で言えばそれは。


してるんだよ。撤退だアクトレス」


 悪夢のパレード。


 ***


「アァヒャヒャヒャヒャ!!進め、蹴散らせ、名技『行進せよ、人造人間楽団!メイキング・パレード』」

「おぅいサイエンス、ボスはそれを出したら逃げろって言ってただろう。さっさと逃げるよ」


 パラケルススはちぇっと舌を鳴らした。


「仕方無いネ。ワタシも帰るよ。ところでミュージックは?」

「自分だけさっさと逃げてた。じゃあねアイシェン君。もし生きてたら、次は『シティ・オブ・ロンドン』で会おう」


「待て!」とアイシェンは追おうにも、真っ白な霧が道を塞ぎ、すぐに晴れた頃にはトーマス達の姿はなかった。

 代わりに残されたのは、パラケルススが『メイキング・パレード』と呼んでいた不思議なやぐらのみ。


「こんなの、すぐにぐぉわぁし……れ?」

「アイシェンさん、こっちへ!!」


 やぐらを見た瞬間呂律が回らなくなったアイシェンを見て、サンはすぐにそのやぐらの見えない影に移動した。

 ひどい頭痛と耳鳴りがアイシェンを襲う。

 もしサンがいなかったらどうなっていたのかなんて考えたくないくらいに。


「大丈夫ですか?」

「んあぁ……らいじょおぶ」

「ダメそうですね、電化製品は叩けば直る!!」

「痛ったぁ!!俺は機械じゃないって!!」


 サンの拳骨を食らって元に戻ったアイシェンを見て、 彼女は「あっ、戻った」と淡々とした感想を述べた。ひどい。


「あぁいたいた!おいコーヒー侍、敬語ブラックロン毛、無事か!?」

「うあー、なんかヤバイのが歩いているのさ」


 迷路の奥の方から、モルドレッドとバルムンクが現れた。


「モルドレッド!バルムンクも!二人とも、トーマス達は逃げて、代わりにあれが……」

「わかってるぜコーヒー侍、ひとまず騎士団寮に戻るぞ。銀髪参謀とダブルホーンもそこにいる」


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