第13話 ハムレットの迷宮①
***
シャーロック・ホームズは、自室で優雅に紅茶を啜っていた。
外で行われている騒動も、彼女には関係ないという風だった。
騎士団寮の入口で柱を振り回す、ゴスロリ服の二本の角を生やした少女は、今もなお、懸命に戦っている。
何が彼女をそうさせるのか、ホームズにはわからなかった。
無関係な者が、何故わざわざ危険なことに首を突っ込むのだろう。
「――えぇと……名前はなんだったか覚えてないが、あの娘には興味あるな」
ホームズは紅茶に入っていたレモンまで食べ尽くすと、黒いマントを身にまとい、部屋を後にした。
***
「ちょ……ちょっとサイエンス!?急げって言うから急いでるけど、説明はしてくれ!」
「うるさいヨ、ジャック!!良いからさっさと走るんだネ!!」
銀のナイフメンバーは今、モーツァルトが笛を鳴らしたのを見て、ランベス村のとある場所に向かっていた。
周囲にいる村人のホムンクルスが少なくなっているのがわかった。
恐らくファフニールのせいであろう。
だが彼らにとって、そんなことは重要ではなかった。
彼らが向かう先、そこには。
「……チィッ、一足遅かったネ」
アイシェンとトーマスが対面していた、人通りの少ない路地裏。
その中心には、ぽっかりと穴が掘られていた。
その状況を見て、トーマスとパラケルススは即座に理解する。
「……あぁ、やられた。てっきり僕たちは、地下道で僕らの後ろを取りに行くのかと思っていたけど、そうじゃなかった。あの騎士団寮から出られれば良かったのか」
「そう。しかもまさか新しい道を作るとは思いもしなかったヨ。だが確かにここならワタシのホムンクルスにも見つかりにくい」
パラケルススはいかにも残念そうに方をすくめた。「やれやれ、ジャックがアイシェンをここに連れてきたからだヨ」
「それよりもサイエンス、この穴はついさっき出来たものじゃないか?所々崩れてるし、埃が多く舞っている」
「だから?」
「この穴を掘った連中は、まだ近くに――」
その時。雷鳴が鳴った。
死角から飛び出したモルドレッドの剣が、赤い雷を帯ながらトーマス達を狙う。
これに素早く反応したトーマスは、モルドレッドの剣を二本のナイフで止めた。
上空から重力の力も借りながら剣を叩きつけるモルドレッドと、足腰の力だけで耐えながら受け止めるので精一杯なトーマス。
どちらが優勢かは明白だった。
「おらァッ!!」
あっという間もなくトーマスは弾き飛ばされ、後方にいたパラケルススとアクトレスが受けとめた。
「くっ……不意を突くとは流石に卑怯な」
「生憎、オレは他の騎士団長と違って乱暴者なんだよ。だが、霧に紛れてホムンクルス化させた村人に騎士団襲わせたお前らに、卑怯だどうこう言われたかねぇなぁ!!」
パラケルススの肩を借りながらトーマスは立ち上がった。気づくとどこかに隠れていたアイシェン達が、この路地裏を包囲していた。
たった二つしかない路地のうち、片方はモルドレッドとジークとバルムンク(人型)、もう片方にアイシェンとサン。
まさに絶体絶命である。
そのときだった。
「……喜べジャック、アクトレス。ボスから連絡が入ったヨ」
素肌に白衣を着たパラケルススが、透き通るような声で言った。
「アクトレス、あれを使うんだヨ!!」
「あれね、わかった!!」
嫌な予感がした。
アイシェンやモルドレッド達は、一斉に三人に向かって突撃するが、ほぼ同じタイミングでパラケルススが謎の液体が入ったフラスコを地面に叩きつけた。
そのせいか、伸ばした腕の先も見えないほど濃い煙が周囲を覆った。
「ゲホッゲホッ、煙幕か!おいお前ら、無事か!?」
モルドレッドのその質問に、アイシェン達は「大丈夫!」と返した。
しかし煙は晴れない。
「サン先生、これ!!」
「全く、面倒くさいですね……」
モルドレッドからは二人が何をしているのかは見えなかったが、アイシェンがサンに何かを渡しているのはわかった。
そして――
「――ハッ!!」
というサンの掛け声と共に、凄まじい風圧が発生する。
そして、煙を一瞬で吹き飛ばした――!!
「……えっ、そんな馬鹿な!?」
「シントウの民なら皆出来ないと。アイシェンさんも、これくらい出来るようにしてください」
「サン先生以外で出来る人知らないけど?」
二人はさも当然のように話す。
魔族でも出来る者はいるだろうが、それでもここまで綺麗に晴らすとなると流石に限られてくる。
もし事態が事態でなかったとしたら、今すぐサンと戦ってみたい。
生粋の戦闘狂であるモルドレッドはそう思った。
「――面白いネェ、刀の一振りで霧を晴らすなんて」
頭上で声が響いた。
一同は見上げると、いつの間に登ったのか路地を作っている家の屋上にあの三人は立っていた。
「作戦通りにしなヨ、アクトレス!!」
パラケルススのその一言で彼の右隣にいたさくらんぼのような髪色をした少女が、自信の腰に掛けていた本を取りだし、異常なまでの早さで羽ペンを走らせた。
その場にいる全員に、その本の周りに何か靄のようなものが見えた。
そして――
「席につけ
飲食厳禁
上演中の私語はお止めください
我が名はウィリアム・シェイクスピア!
これより見せたるは
照覧あれ、
ページを破り棄て、指をぱちんと鳴らした刹那。
そのページは燃え尽き、アイシェン達を分断させるように、地面から巨大な壁が現れた――。
***
――アイシェン&サン
「っ……サン先生、大丈夫ですか?」
「私は何とか。アイシェンさんは?」
「少し頭をぶつけただけ。……これは」
二人の目の前には、大理石のように真っ白な壁が立っていた。
目の前だけではなく、横にも、彼らが掘ってきた穴の中にもその白い壁はあった。
見ている分には何もしないただの壁は、異様な存在感を放っていた。
「……離れてください」
サンは側に落ちていた石ころを壁に向かって投げあてる。
その瞬間、壁の中から現れた触手のようなものが石を掴み、あっという間に壁の中に取り入れてしまった。
その中からは、ぐしゃぐしゃと砕くような音も響いていた。
「……壁に触れるのは危険ですね」
「俺嫌だな、あんな
「そう思うなら付いてきなさい、まずは離ればなれになってしまったジークさんやモルドレッドさん達を見つけないと」
それからというもの、二人は歩いた。
時々現れるホムンクルスを蹴散らしながらとにかく前へ進んだ。
その最中、襲い掛かってきたホムンクルスを見る度に、アイシェンはどうすることもできない自分にもどかしさを感じた。
「そういえばあの、アクトレスと呼ばれたさくらんぼのような髪色の少女」
唐突にサンが口を開く。
「確か、『ウィリアム・シェイクスピア』と名乗ってましたよね?」
ここでプロフィールが更新された。
名前:ウィリアム・シェイクスピア(PN)
年齢:二十八歳
性別:女
二つ名:アクトレス
使用武器:本とペン
種族:ヒューマン
以上が彼女のプロフィールである。名前が判明したため、ここからはシェイクスピアと呼称する。
「確かに。名技の発動に自分の名前を出す必要があるなんてルール、あったっけ?」
「基本ありません。それほど彼女は自分の名前を名乗りたいくらい誇りに思っているのか、彼女だけ例外なのか。それよりウィリアム・シェイクスピア?ホームズにしかり、どうして……」
難しい表情で考え始めたサンを見て、自分には何を悩んでいるのかわからず、アイシェンは目の前の迷路を攻略することだけを考えた。
すると、あることに気づく。
「先生、サン先生」
「何です?こっちは今考えて」
「迷路なんですけど、あれじゃあダメ?」
とアイシェンが指したのは天。
この場において唯一白い壁の無い部分である。
「……盲点でしたね。よっしアイシェンさん、久しぶりにやりますか!!」
ぎりりと弓引く五本の矢。
それを持つサンの顔は、無邪気な子供のようであったという。
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