第12話 ランベス村戦開始

 ***


 ランベス村 地下下水道 午後六時


 アイシェンは千里眼を使い地上の風景を確認すると、ジークフリートに

「敵の位置に変化はないよ」

 と、伝えた。「それなら良かった」

 この場にいるのは四人。

 アイシェン、サン、モルドレッド、ジークフリートである。

 現在四人は、敵の近くまで行って奇襲を仕掛けるために下水道を歩いていた。

 顎に手を当てて、何かを考える素振りをしながらジークフリートはアイシェンに向かって言う。


「それにしても驚いた。アイシェン君が千里眼を使えるなんて……」

「いや……あはは、千里って言うのも大袈裟で、まだ三キロくらい先しか見えないけど」


 恥ずかしそうにアイシェンは頬を掻いた。

 地上から聞こえる大量のホムンクルスの足音を聴いて、一行はまた歩みを進めた。


 ――十五分前。


 突然現れた三人のうち、最初に言葉を発したのはモルドレッドだった。


「ゴビネ探偵に調査してもらった結果、この村の奴らは全員死んでいるっつう事実がわかった」

「えっ……死んでる?」

「そうだ、理解できないのはわかるが、これは事実だ。ゴビネ探偵が誘拐した村人をちょいとばかり解体した結果、内臓が無く、血も全て作り物だった」


 脳だけは機能してたが、とモルドレッドは続けた。

 アイシェンは理解できないのではなく、理解したくないということに気づいた。

 村に来てそれほど時は経過していないが、この村の人達は皆普通に暮らしていたように見えた。

 だが妙なところもある。トーマスと対峙していたとき、人気の少ない所とはいえ、彼は広範囲に霧を放っていた。にも関わらず、村人達は気にする様子も見せなかった。


「ロンドン……ブリタニア中心部にある都市で、そんな人間を造って殺人を起こしたっていう奴がいたな。確かそいつの名前は……」

「『パラケルスス』 ていう名前だったのね」

「内臓の無い人間を作る?そんな科学的というか非科学的な事をやりそうな名前のやつは……『サイエンス』?」

「つまり『サイエンス』の正体は『パラケルスス』の可能性が高いってことか。よしっ、敵に一歩近づいたぞ!!」


 ここでプロフィールが更新された。

 名前:パラケルスス

 年齢:五十八歳

 性別:男

 二つ名:サイエンス

 使用武器:薬品など

 種族:ヒューマン


 以上が彼のプロフィールである。名前が判明したため、ここからはパラケルススと呼称する。


 モルドレッドが疑問を提示し、ホームズとジークが考察し、最後にモルドレッドが結論を述べる。

 たった一つのヒントから敵の一人の正体に辿り着いた彼らに対し、アイシェンは、ただただ凄いとしか思えなかった。


「さてアイシェン君、作戦の続き。正直な話、さっきの下水道を通って敵の背中をとるっていう作戦、失敗するよ」

「はぁ!?」

「だってそうじゃない、そんな敵があっさり背中取られるようなら、この騎士団は来ていない。この村の警備兵で充分足りるもの」


 その通りだとモルドレッドは頷く。

 するとジークは急に立ち上がり、クローゼットのなかに大切そうに隠していた、銀色の何かを持ってきた。


「そこで、この作戦を成功させるための魔法のアイテムが、これよ」


 ――現在に至る。


「……おかしくない!?」

「四の五の言ってないで、サンちゃんとアイシェン君はそのスコップで新しい道を

「やりますよ、アイシェンさん!!」

「何でサン先生はやる気満々なの!?」


 そう、全ての地下通路が敵に知られている可能性があるなら、新しい道を作れば良いというのが、ジークフリートの作戦であった。

 はっきり言って、おかしい。


「そうだアイシェンさん、こういうのはどうですか?」

「何が?」

「私と貴方で競争して、アイシェンさんがより深く掘ったら、剣技の修行の時間を増やしてあげましょう」

「のった」


 アイシェンはものすごいスピードで壁を堀始めた。 「修行バカは本当に扱いやすい」

 っと呟きながら、サンも参加した。

 二人の壁を掘るスピードは尋常ではなく、二分で三十メートルは余裕であるとのことだ。


「壁は何とか掘れるな。ところで銀髪参謀、騎士団寮は?負けるつもりはねぇが、万が一占領でもされたら……」


 モルドレッドは腕を交互に組んで疑問を唱える。

 それに対しジークフリートは、さも当たり前のように答えた。


「それも抜かりなく。飛びっきりのガードマンを置いてるから」


 ***


 ホムンクルスの大群が、一斉にブラッドサンダー騎士団の寮に飛びかかる中、順調に事が運びすぎる事態にパラケルススは困惑していた。


「……おかしいネ、後ろのマンホールから誰かが出てくる気配がない」

「ふん、サイエンスの作戦なんか、あっさりと見破られたんじゃないの?」


 アクトレスはバカにするような態度で言った。パラケルススは悔しそうな顔をするわけでもなく、顎に手を当てて騎士団寮を眺めていた。


「ワタシのホムンクルスたちもまだ攻め終わらないのか……おいそこの似非ピアニスト。ちょっと様子を見てこい」

「は、はぁ!?なんでミュージックに行かせるの!?そんなのリーダーに行かせれば良いじゃん!!」


 パラケルススの提案に反論したのはアクトレスだった。彼女としては、恋愛関係にあるミュージックが危険な目に遭うのは避けたいのだろう。

 実際この場で一番強いのは彼女たちのリーダー、ジャックことトーマスだ。アクトレスの言葉も一理ある。

 しかし彼は。


「黙れよ外道。良いか、この場で一番強いのはジャックだ、それはワタシもわかってるヨ。かといってこいつを見に行かせたら、ワタシの身が守れないじゃないか」

「ハァ!?だからってミュージックに行かせるの!?」

「まぁまぁアクトレス、サイエンスの言う事も正しいさ。自分が行けば良いだけなら、行ってくる。ここで待ってて」


 そう言って、ミュージックは走りだし、家の屋根から屋根へと飛び移りながら騎士団寮を目指した。

 近づくにつれて、喧騒は大きくなってくる。


(さてさて、寮は攻めきれているのか)


 そう思いながら着々と騎士団寮に近づいていく。

 この喧騒はきっと、ホムンクルス達が楽しんでいるだけ、そう信じていたが、その予想は簡単に覆された。


 騎士団寮の目前にある家の屋根まで来て見たのは、ホムンクルス達が何者かに投げ出されている場面だった。

 ただ事ではない、そう思ったミュージックは中を見た。


「ハァァアァァッ!!」


 二本の角を生やした、ゴスロリ姿の少女がホムンクルスを次々に投げ飛ばしていた。


「どうして我が!こんなことをしているのだ!!あの銀髪小娘があぁぁ!!」


 若干、私怨が入っているように見える。

 これはまずい、そう考えた待機しているトーマス達に、持っていた笛で危険を知らせた。しかしそれが悪かった。


「んっ、今の音は……おいそこの貴様、何者だ?見たところ、他の奴等よりかは知性がありそうだが」

「驚いた。これだけの騒ぎの中、この笛の音が聞こえたのか。これの音結構小さいんだけどね」


 ミュージックが吹いていた笛は、音はあまり関係なく、危険である時のみ吹くためのもので、音字体は大きくない。むしろ小さい。


「まぁ耳には自信がある、とぉ!……会話が成立してるということは、貴様は主犯格の一人のようだな」


 と、この間にも襲うホムンクルス達をいとも容易く退けながら話す姿を見て、ミュージックは、「勝てないな」と思った。


「まぁ、一応ね。君は確かファフニールだったか。仲間が調べてくれた。話通りとても強いようだ」

「どうも。で、貴様は何者だ」

「私はミュージック!本名は『エメージュ・モーツァルト』!!」


 ここでプロフィールが更新された。

 名前:エメージュ・モーツァルト

 年齢:三十五歳

 性別:男

 二つ名:ミュージック

 使用武器:楽器など

 種族:ヒューマン


 以上が彼のプロフィールである。名前が判明したため、ここからはモーツァルトと呼称する。


「随分簡単に本名を言うのだな」


 モーツァルトは背後にいる仲間の姿がないことを確認した。


「あぁ、何しろこれ、リーダーの趣味みたいなものなんだよ。私としては本名の方が有名だから、こっちが好きなんだよね」


 ――エメージュ・モーツァルト。

 この名前にファフニールは聞き覚えがあった。

 ブリタニアの南に位置する大国、フランク王国。そこの王宮には専属の音楽家が居たと聞いていた。

 その音楽家の名前は、エメージュ・モーツァルト。


「階段から落ちて怪我して引退したと聞いていたが」

「あぁあれね。私の才能に嫉妬した弟子が、私を突き落としたんだよ。でも良いよ、天才にはそういうのは付き物だからねぇ」


 嫉妬以外にもありそうだ。


「まぁそんなことはどうでも良い。貴様に特に恨みはないが、そういう話になっているのでな。捕縛されてもらうぞ」

「おっ、やる気かい?良いだろう、これでも世界の転覆を謀る『POW銀のナイフ部隊』の一人さ。行け!ホムンクルス達!!」

「……貴様は来ないのか?」

「だって私、非戦闘員だし」

「ろくでなしって言われないか?」

「しょっちゅう」




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