第11話 互いの作戦
***
騎士団寮 ジークフリート執務室 午後五時
「はいアイシェンさん、そのまま深呼吸」
「すぅー……はあー……」
「呼吸が深過ぎます、やり直しです」
「深呼吸なのに!?」
「ほらほら、早くしないと約束の時刻になりますよ」
「……いや、二人とも何でここで刀を振っているの?」
両手にペンを持ちながら山のように積まれた書類を片付けていたジークフリートは、目の前で修行と称した騒音問題を引き起こしているアイシェンとサンを睨み付けた。
二人はどうやら、新しい技の開発に勤しんでいるらしい。
「何でって……他に広い部屋がなかったんだよ。外でやると敵に不意打ち仕掛けられるかもしれないし……ねぇサン先生」
「そうですよ。それから他に床が散らかってない部屋が無かったんです」
「確かに自慢じゃないけど、この部屋が一番綺麗……いやそうじゃないの!!うるさいって言ってるの!!私はこの通り仕事してるの!!」
と、見事な三段「の」活用を使用してジークは激昂する。その間も仕事の手は動かしたままであった。
ジークフリートの元にアイシェンが近付き、机の上に広げられた書類を覗き見る。
「えっと、始末書?備品整理書?何か……細々したものばかりだな」
「王都キャメロットに居た頃からそうなんだけど、モルドレッド団長がガンガン壊して……ホント、猫の手どころかネズミの手も借りたいくらいよ……あぁ、どうして私がこんなことを」
と、口では嫌味を述べているが、それでもなお仕事の手は休めなかった。
その姿にアイシェンは尊敬の念を覚える。
「……で、本当のところは何の用なの?」
「え?」
「友達のために頑張ろうっていうアイシェン君達が、ただの修行のために私の部屋にまで来ないでしょ?まぁ、私のアイシェン君達に対する私的意見だけど」
アイシェンとサンは顔だけ互いに向き合い、アイコンタクトをとる。この展開は、あまり予想していなかったものらしい。
「あー……もうちょっとおしゃべりして仲良くなってからにしようと思ってたんだけど」
「騒音問題引き起こしても仲良くはなれない。で、何の用?」
「えっとPOW……トーマスのいるのは銀のナイフだったか。そいつらと戦って、勝てる見込みはあるのかって?」
なんだそんなことか、とジークフリートは呆れたように息を吐いた。
「勝算ね。安価で大量販売しても良いくらいにはあるけど」
「そんなに!?」
「なるほど……ではジークさん、聞かせてもらえませんか?」
ジークフリートは仕事の手を止め、まっさらな大きめの紙を一枚取り出し、作戦を話す。
「まずこの騎士団寮があるのはここ、ランベス村の中心に近い場所でしょう。敵は最初にうちを大群で奇襲してきたから、まずはここを数にものを言わせて包囲するはず」
『騎士団寮』と書かれた小さな丸の周りに、『凸』という字を敵に見立てていくつも描いている。
騎士団寮の丸の反対側に、『敵拠点』と書かれた大きめの丸を加えた。
「敵が囲んでいるときに私たちはこの場をこっそりと脱出して、この騎士団寮は捨てる。そして敵拠点の後ろに回り込み、今度はこちらが奇襲をする……。作戦はこの通りよ」
と、ジークフリートは話を終わらせる。しかしサンは納得のいっていない様子だった。
「それ……少し難しいのでは?敵が大群で包囲するのかもわかりませんし、仮にしたとしても敵に奇襲を与える地点にまで近づけますかね?」
「簡単にできるのよ、それくらい。実はこの寮には、秘密の地下通路があるの」
地下通路?とサンは聞き返した。
「えぇ。そこからこの村の下水道に繋がっていて、どこからでも出ることが出来る。あらかじめこの寮から敵の位置を把握しておいて、そこに近い位置に出られるようにすれば良いの」
「……では、大群で来なかった場合は?」
「それは大丈夫。敵は絶対に、大群でここを包囲する」
ジークフリートは確信した様子で答えた。
「それは何故?」
「それに関しては、オレたちが答えるぜ」
ガチャリと音をたてて入室してきたのは、モルドレッドとファフニール、そして用事があると言って消えていたホームズであった。
***
ランベス村 宿屋屋上 午後五時三十二分
薄暗い、雲が空を覆っている。太陽も沈み、月明かりすらも通さないその雲は、まるで自分達に味方しているかのようだった。
冷たい風が吹く中、ブラッドサンダー騎士団寮に向けて歩む大群を傍観する、マスクをつけた四人の影。
「では策の確認を行うヨ」
サイエンスは、怪しげな色の液体が入ったフラスコをカラカラと混ぜながら言う。
「とりあえず今はワタシの作品にあの寮を包囲させている。あと五分もしたら一斉に、数にものを言わせた攻撃を仕掛ける」
『ワタシの作品』とは現在寮に向かって歩みを進める大群のことである。あれらは全て、サイエンスが作ったホムンクルス、即ち人間が作った人間である。
一人一人は戦闘能力の低い木偶の坊ではあるが、サイエンスの指揮があれば、騎士団寮を包囲して攻撃するのは簡単だった。
「だけど、騎士団の連中はズル賢いからネ。この村の地下に、下水道に繋がる道がいくつも存在することもリサーチ済みさ」
「だから僕たちは、あえて敵の拠点からよく見えるこの場所で待機して、この近くにあるマンホールから彼らが出てくるよう操る……だったね?」
トーマスはサイエンスに問い掛ける。
「その通りだヨ。我々の背中の方にあるマンホール、そこで待ち構え、出てきたところを潰す」
「その為のホムンクルスも配置してるんだね、やるじゃんマッドサイエンティスト」
「おやアクトレス、キミもワタシの毒薬のモルモットになってくれるのかい?」
アクトレスはべぇと舌を出し、「やだね」と言った。そしてこっそりとミュージックの影に隠れた。
「そして一番重要なのは時間、現在の時刻は五時三十五分。これより早すぎると、敵は奇襲を警戒しているし、これより遅いと約束の時刻という事でよりいっそう警戒する。奇襲をかけるのにもっとも適しているのはこの時間、約束の二十分前だヨ」
アイシェンたちは戦いに備えて準備をしているのかもしれない。
そんな友のことを思うと、トーマスはどこか申し訳ない気持ちが溢れていた。
「さぁて……物語っぽく言うなら、今、戦いの火蓋が切られた、てところかな」
「幕が切って落とされたじゃ駄目なのかい、ウィリアム?」
「品がないから駄目」
「……二人とも、いい加減始めるってさ」
トーマスに睨まれたミュージックとアクトレスの二人はコクりと静かに頷いた。
「よし、サイエンス、やってくれ」
彼は、悪魔的と形容すべき笑みを浮かべた。
「……アヒヒッ!!さてようやくだヨ!!国家連中も、それに加担する連中もみんなみんな死に腐っていけばいい!!ルイ・パスツールの実験は失敗だ!!さぁ行け!!ワタシの愛する
サイエンスのその言葉と共に、ホムンクルスは一斉に、無表情で突撃し始めた。
ランベス村での戦闘の火蓋が切られ、更に幕も切って落とされたのである。
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