銀のナイフ編

第10話 メンバー

 クリーム色のマントをなびかせながら階段を降りる影が一つ。トーマスだ。

 彼がリーダーを勤める『銀のナイフ』は、ランベス村に配置された、POWという世界規模のテロ組織の分隊の一つである。

世界の怪物Phantom Of World』実に良い名前だと思った。


(それにしても、ただアジトに帰ってくるだけでかなり時間がかかった)

 本来であればもう少し早く戻るつもりだったが、敵の警戒がある可能性を考えてしばらく村の外に出ていた。


「やぁみんな、元気にしてるかい?」


 地下の真っ暗な空間を、小さな豆電球だけが照らすなか、トーマスはその場にいた二人組の男女に話しかけた。


 名前:???

 年齢:三十五歳

 性別:男

 二つ名:ミュージック

 使用武器:音楽

 種族:ヒューマン


 以上が男の方のプロフィールである。本名はまだ判明していないため、ここからはコードネームのミュージックと呼称する。


「おおジャックじゃないか!なになに?私のピアノを聞きたいって?」

「ミュージック、悪いけどそれは次の機会にね」


 白い仮面をつけた、クリーム色のタキシードを見にまとったブラウンの髪色の彼は、愛用のグランドピアノの蓋を閉じて、「それは残念」と呟いた。


「アクトレス、サイエンスとバックはどこかな?」


 トーマスは、ミュージックとお揃いの仮面をつけ、クリーム色の厚手のコートを身にまとったさくらんぼ色の髪をした少女に話しかけた。


 名前:???

 年齢:二十八歳

 性別:女

 二つ名:アクトレス

 使用武器:本とペン

 種族:ヒューマン


 以上が女の方のプロフィールである。本名はまだ判明していないため、ここからはコードネームのアクトレスと呼称する。


「いつもの趣味悪い研究室に閉じ籠ってるんでしょ。バックはロンドンにいるよ。あと、アクトレスって呼ぶのやめてよ。ちゃんと、ウィリアムって呼んでくれないと」

「それ男性名だよね?まぁ、善処はするよ」

「ウィリアムとチーム組んで何年の付き合いだっけ?」

「十年か九年くらい」

「よし決めた、君のコードネームは『ヘンリー五世』だ。老人は忘れっぽいし」


 コードネームで呼び合うのはチームで決めたルールである。それを守らない彼女の方がヘンリー五世だ。


(こういうときこそ君が何とかしろよ)


 ミュージックに視線だけで訴えるが、彼はニコニコと笑うだけで何もしない。


「あそうそうジャック、この話も大事だけど、今ウィリアムにはね、もっと重大な危機が迫ってて……」

「また物語の〆切か?残念だけど僕に手伝えることはないよ。それこそミュージックの出番じゃないか。ピアノの新曲の〆切に間に合わなかったこと、なかっただろう」

「悪いねリーダー。世界が産んだ最高傑作で天才の私に、ウィリアムが付いてこれる訳がない」


 アクトレスは、恐らく涙目でミュージックをポコポコと叩いている。

 対してミュージックは「ハハハ」と笑うだけだ。

 この二人は恋愛関係だそうだが、トーマスにはなぜこの二人は惹かれ合ったのか検討もつかなかった。


「あ、こんなことしてる場合じゃなかった。サイエンスは多分研究室だったね。少し話があるんだ。二人も付いて来て」


 銀のナイフのアジト自体も地下にあるのだが、サイエンスの研究室はもっと地下にある。

 地盤が心配だから同じ部屋に作れと言ったが、暗くて一人ぼっちの場所に研究室を設けるのが自分のこだわりだと論破されたことがあるのを思い出した。


 ――コンコン。


「サイエンス、いるかい?」


 トーマスは泥だらけの薄汚れた扉を叩いた。程無くして扉の向こうから「どうぞ」と了承を得る。


「入るよサイエ――くっさ!?何この臭い、薬か何か!?」

「おや誰かと思えばジャック。丁度良かった、今ワタシは新しい毒薬の実用化に励んでいるのだヨ。ちょっと試したまえ」


 毒々しい紫色の髪色に腹を露出させた白衣をまとったその男は、両手に一本ずつメスシリンダーを持っていた。


 名前:???

 年齢:五十八歳

 性別:男

 二つ名:サイエンス

 使用武器:薬品など

 種族:ヒューマン


 以上が彼のプロフィールである。本名はまだ判明していないため、ここからはコードネームのサイエンスと呼称する。


「右手のこれは何の毒だい?」

「ボツリヌストキシン」

「最強レベルの猛毒か……左手のは?」

「ニトログリセリン」

「ちょっとの衝撃で爆発する爆薬じゃないか!!せめて毒を出せ!!」


 サイエンスはケタケタと笑った。彼なりの冗談だったのだろう。

 トーマスはサイエンスともかなりの付き合いになるが、冗談なのか本気なのかは今でもわからない。


「で、何かあったのかネ?ジャック一人ならまだわかるが、三人で来るとは珍しい」

「あぁ……実は――」


 ***


「……なるほど、要はうっかり今日の六時に会おうと挑発してしまったため、予定を切り上げることになった、と」


 サイエンスはトーマスの話を分かりやすく要約した。


「ごめん、奴等に攻撃を仕掛けるのは、バックとの合流とボスからの指示が来てからなのに……」

「なぁに、この村の奴等に仕掛けはしたヨ。いつでも攻められたし、情報も集めた」


 サイエンスのその言葉にアクトレスが反応する。


「えっ!?もう奴等の情報集めたの?協力者達が来たのって、ついさっきでしょ?」

「ワタシを甘く見るな小娘。この程度の情報収集なんて、水上置換法で酸素を集めるより簡単だとも」


 するとサイエンスは、アイシェンたちの似顔絵が描かれた紙を机の上に広げて見せた。


「えぇサイエンス……これが敵の顔かい?」

「何だミュージック、ワタシの絵に文句があるのかネ?」


 幼稚園が書いたとしか思えない稚拙な絵に思わず突っ込んでしまったが、このままだと薬のモルモットにされかねないとミュージックは思った。

 ふんっと不満で鼻を鳴らしたサイエンスは、情報公開を再開した。


「アイシェンという男、こいつは取るに足らないが、その他の奴等が厄介だ。ファフニールという名には聞き覚えがある。ブルグントと言う国を騒がせた、邪竜の名だヨ」


 ブルグントとは、ブリタニアの南東の方にある国である。しかし今回はあまり関係ないので割愛する。


「邪竜……。竜の中でも唯一完全な不老不死な存在だっていう、あれか。実在してたんだねぇ」

「もしかしたら名前が同じなだけかもしれんがネ。問題はこのサンという女だ。はっきり言おう、勝てない」


 はっきりと結論を述べたサイエンス。

 滅多に見られない。

 トーマスは言葉を投げ掛けた。


「そんなにかい?」

「そんなにだ。ここにいる全員が束になっても勝てないだろう。だがそれは純粋な戦闘においてだ。ワタシに良い作戦がある」


 全員はサイエンスの言葉に耳を傾けた。

 ゆっくりと、丁寧に語られるサイエンスの作戦内容に、三人は「うまくいくかもしれない」と思い始めていた。


 時刻は午後三時。

 約束の時間まで、あと三時間。




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