第9話 過去
九年前 シントウの里
***
二人が初めて出会ったきっかけは、些細なものだった。
サンとの修行で傷だらけになった身体を、慣れない手つきでアイシェンが手当していた時に「包帯の巻き方が下手だ」とトーマスが指摘してきたのだ。
「放って置いてくれよ」
アイシェンはぶっきらぼうに返す。
「放っては置けない。僕はこう見えても医者だからね。ほら、包帯貸して」
そう言ってトーマスは包帯を奪うと、丁寧にアイシェンの腕の怪我の手当てをした。
その手際に無駄はなく、巻き方が下手だという忠告も口だけではない。
百八十センチぐらいの背丈。見ただけで高級な素材を使っているとわかるクリーム色のスーツ。男の癖に髪の毛を右側でサイドアップに結んでいる。耳につけた銀のナイフをかたどったアクセサリー。
医者には見えない、そう思った。
「君、いくつだい?」
「九歳……」
「若いね。そのわりには随分な傷じゃないか。僕は二十二年生きてきたけど、君の年齢でここまで傷ある子なんて初めてだ」
二十二歳という若さで医者になったということは、彼は相当頭が良いということだ。
「お前天才なんだな。それなのにどうしてこんな里に?他者との交流を好まないシントウの里に来たって、大した利益にならないだろ?今だって、お前は一人ぼっちのはぐれ者だ」
年のわりに言葉が汚いね、とトーマスは呟いた。
「色々理由はあるんだよ。例えば修行とか」
「修行」
気が付くと、包帯はすでに巻き終えていた。自分でするよりずっと早い、アイシェンはそう思った。
「君の名前は一応知ってるけど自己紹介をしよう。僕はトーマス・フォールディング」
「俺はアイシェン・アンダードッグ」
「えっ?」
思わずトーマスは二度見したが、構わずアイシェンは押しきった。
「アイシェンで良いよ」
それからというもの、怪我をしたアイシェンをトーマスが治療したり、時には他愛の無い話に花を咲かせる仲にまでなった。
互いに里の中で一人ぼっち、そしてあまり他人に興味が無かった二人だったから仲良くなれたのだろう。
そして事件の起きた九年後。すなわち、アイシェン達がランベス村に着く半月前。
トーマスはシントウの民の少女を殺した。
なぜ殺したかまでは聞けなかったが、今ならわかる。トーマスはこのブリタニアで何かをしようとしていた。そしてその準備ができ、自分の力を組織に証明するために殺したのだと。
最強の戦闘民族と名高いシントウを殺したとなれば、評価は上がる。
その後、アイシェンは全ての責任を背負い、けじめをつけるために里を出て、現在もトーマスを追っている。
***
「……とまぁ、簡潔にまとめたけどこんな感じ。面白くも何ともないだろ」
アイシェンは小さく笑った。
その顔にはどこか、疲労のようなものが見える。彼自身、このような話はしたくなかったのだろう。
一番最初に口を開いたのは、ジークだった。
「……アイシェン君、君はどうしたいの?そのトーマスを、君はどうしたい?」
「……罪を償ってもらいたい。あいつは医者で、人を救うのが仕事だから」
「残念だが、それはできねぇな」
モルドレッドが言う。
「あの殺人鬼はすでに国中で、国家反逆罪で指名手配を受けてる。国家反逆罪はブリタニアの法律で死刑だからな」
「そっか……」
「だかまぁ、可能性は無くはない」
するとモルドレッドは、ポケットの中から手紙を取り出した。
封筒には『Silver knife』と書かれ、その下には、『From Jack The Ripper』とも書かれていた。
「『銀のナイフ ジャック・ザ・リッパーより』て書いてある。多分、銀のナイフがこいつのチームで、ジャック・ザ・リッパーは、トーマスのことだと思うぜ」
「これが何なんだ?」
「オレの予想だが、これには何か秘密があるんだと思う。都合の良い話になれば、敵のボスについてとか、アジトについてとか」
ほれ、とモルドレッドは手紙を差し出した。
中身を取り出して見てみるが、ブリタニア方言の文字で書かれてあり、アイシェンには全く読めなかった。
「……サン先生、読めます?」
「仕方ありませんねぇ……ほら」
内容は次の通りだった。
『拝啓 親愛なる国家
うん、最初はなんて書こうか迷ったけど、国家への挨拶が先かな、そう思ってこう書き出した。
乱暴な王に従う愚かな騎士団よ。
銀のナイフを持つ我々に平伏すが良い。
理由なんてどうでも良いのさ。ただ我々は憎いだけなのだから。
早くも我々は勢力を拡大することに成功したようだ。
本日手始めに、この村にやって来た君たちを皆殺しにして見せた。厳密に言えば、皆ではないがね。
おっとそういえば、君たちが来る前からすでに、五人ほど殺して見せたっけ。
無駄に被害者を増やすより、早くこのブリタニアという国を滅ぼした方がいいんじゃないか?
随分と長話が弾んでしまったな。
敬具
ジャック・ザ・リッパー
アクトレス
ミュージック
バック
サイエンス
わざわざメンバー全員の名前を、コードネームでも書いたんだ、見つけてくれよ?』
サンが読み終えると同時に、アイシェンは喉に何かが引っ掛かる感覚に陥った。
とても奇妙な書き出しと、意味のあるとは思えない内容。
ジークフリートがぼそりと呟く。「確かに何かありそう」
「だろ!いやぁ俺の勘にも参ったぜぇ。よしジーク、お前は今すぐこの手紙の解読に取りかかれ!」
「えっ、でもまだ書類整理が終わって」
「同時進行でやれよ」
「こんのブラック企業が!!」
手紙を受け取ったジークフリートとモルドレッドが部屋から出ていった。それに続いてアイシェンも、「疲れたから」と言って部屋を後にした。
残された二人は、何もしないでそのまま待機していた。机を人差し指でリズミカルに叩いていたファフニールが口を開く。
「もう奴等は行った。そろそろ教えてもらおうか」
サンは訝しんだ。
「何のことですか?」
「過去のことを話すわりには、アイシェンは本当に簡単にまとめた。それは、奴にとって不利益なことを隠すためではないか?仮にそうではなかったとしても、あの程度なら森の中で我に話せたはずだ。サン、奴の師である貴様なら何か知っているのではないか?」
エスパーみたいですねとサンは茶化した。
「アイシェンさんはですね、里を出る前にトーマスさんと自分をバカにした連中をボッコボコにしたんですよ」
確か九人くらいですかね、とサンは続けた。
「なっ……!?いやだが、アイシェンは里の落ちこぼれなのだろう?それはつまり、今の自分は他のシントウより弱いということではないのか?」
「それは合ってます、アイシェンさんは他の人よりも弱い。ですがそれには、アイシェンさんの『名技』が関係しています」
名技とはこの世界の全てのヒトが使える固有技である。トーマスとの戦いで見せたモルドレッドの『
ちなみに名技は自己申告制であり、自分の得意な技を生かしたものであればそれは名技であり、名前も自分で決める者がほとんどである。
「アイシェンさんの名技は、先程モルドレッドさんが見せたものの比ではない。私でも止められるかどうか」
「だが、それがどうだというんだ?」
「アイシェンさんの名技解放のきっかけは、トーマスさんだった。もし今回の戦いでトーマスさんに何かが起きれば……おぉ怖い怖い」
サンは寒そうに腕をさすった。大袈裟な仕草に見え、果たして本当なのかどうか判別不能だ。
ファフニールは今の発言で気になった箇所を指摘した。
「何か……とは例えば?ただ死ぬことではないのだろう?」
「彼が死ぬかもということは今モルドレッドさんから聞かされましたからね。例えば……『用済み』とか」
「用済み?」とファフニールは聞き返した。
対してサンは何も言わない。ただ笑ってるだけだ。
「アイシェンさんは今日の夜六時に会おうと言われましたね、つまり今日の六時になればわかりますよ。あと、これだけは言っておきます、私は何を犠牲にしても、アイシェンさんだけは生かす」
そしてサンは「アイシェンさんの所に行ってきます」と言って、部屋を去っていった。
ファフニールはサンの最後の一言と、何を考えているかがうまく掴めない笑顔に恐怖を覚えた。
(こんな気持ちは……人であった頃にもならなかったな)
時刻は午後一時二十三分。
約束の時間まで、あと四時間と三十七分。
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