第3話 襲撃
***
死屍累々となっている盗賊団を見下ろしながら、サンは頬を掻いた。
「たとえ義賊団だったとしても、所詮は物を奪わないと生きていけない烏合の衆。まぁ、向かってきただけ評価しましょうか」
「く、くそ……化け物が」
「あなた達のリーダーのところに連れていって欲しいのですが、無理そうですね」
仕方無い、と開き直ったサンは、盗賊団のアジトである洞窟の入口へ向かった。
本来であれば、すでに到着しているアイシェンと挟み撃ちにする手筈であったが、彼が地下牢で寄り道をしていること、そして純粋にサンが強かったことで、作戦は変わった。
(それにしても遅い……私一人で盗賊団壊滅できますよ?)
そう思いながらサンは先へ進もうとする。
中にあるのはゴツゴツとした岩の壁とそこに掛けられた松明。
足元は泥水が一面にあり、真っ白な服が汚れそうだ。
どうしたものか、と立ち止まると。
「おっと」
目の前から矢が一本が飛んできた。
サンは慌てることもなく、それを右手の人差し指と中指の二本で捕らえた。
矢を見せびらかすように、ペンのように指で回した。
矢を射ってきたのは、奥の松明の下にいる腰にビール瓶をぶら下げた修道師の服を着た男、村長の話が正しければ、男の名前はタックだ。
「これ、あなたの武器ではないでしょう。狙いが頭というのは良いですが、狙ってから射つまでが遅すぎる。というか、松明の下にいるのでこちらから丸見えですよ?」
「えっ?あっ!!」
タックの手にはボウガンが握られている。
次に矢を見た。鏑矢のような構造になっており、矢先が二股に割れている。そして返しが付いており、矢先と本体も離れやすい。一度刺されば身体の中に残る仕組みになっているようだ。
武器は優秀だが使い手が無能。サンの評価はそれだった。
「折角ですし、使ってみますかね」
取り出した弓にタックから頂いた矢を引っ掛けて、ゆっくりと弦を引いた。
「……おいおい女、ここにいるのは俺一人なんていつ言った?」
「?他に誰か……うわわわわ!!」
ボコォッ、と地中から這い出てきた大男に、サンは足首を掴まれる。
長いスカートの上から膝に手をやり、ずり落ちないようにしてからサンは目の前の大男を睨み付けた。
左手でサンの足首を掴み、右手には棍棒があるのを見て、村長の話にあった、ジョンという男であることがわかった。
ジョンはそのスキンヘッドを月明かりで照らしながら言う。
「残念ながら、このアジトの地下には侵入者に不意打ちを仕掛けるための地下通路があるんだ。タック!!」
「おう!」
呼び掛けに答え、タックはサンの近くまで走ってきた。そして、ボウガンに矢を構え、サンの頭に向ける。
「さぁ、大人しくしてな」
確実に勝った。ジョンとタックは感じていた。しかし当のサンはというと。
「ふぁ……」
あくびを、していた。
「いくらなんでも遅すぎですよ、アイシェンさん」
「「え?」」
タックの背中で感じる僅かな風。
そして瞬間移動でもしたかのように、いつの間にか、一人の少年がタックの隣にいた。
その少年は月が欠ける様を描いた鞘から、銀色に光る剣を抜いて。
「シントウ流剣術『其の陸 滝昇り』!!」
刀の峰を、刃の無い背中側をタックのボウガンを持つ左手に向かって下から振り上げた。
それはまさに、鯉が滝を昇るかのような。
そして今度は空中で刀をまた持ち替え。
「シントウ流剣術『其の弐 満月』!!」
同じように刀の峰を、サンを掴んでいたジョンの左手に向かって、空中でその身をマットの上で前転するのと同じように回し、丸い弧を描いた。
それはまさに、満月のような。
「ぐっ、ぐぅおぉぉ……」
二人はそれぞれ叩かれた部位を押さえながら地面に倒れ込む。
その横で、サンは逆さまだった身体を空中で捻り、華麗に降り立った。
「ほほぉ、今の技の組み合わせは中々です。十点あげましょう」
「やったぁ!」
「百点満点中ですよ?」
「うそ!?どこで九十点引かれた!?」
「遅いのと、あと使用後の着地ですよ。少しふらついてるじゃないですか。だから色んな師匠に詰めが甘いと言われるんですよ、アイシェンさん」
それだけで九十点というのも、配点が高すぎる。
そして、アイシェンの師匠はサンだけだ。
「シントウ……なるほど、やっぱりシントウの民だったか」
タックは左手首を擦りながら口を開いた。
シントウの民。
この世界にいるヒトは、三つの種族に分類される。
最も一般的で数の多い『ヒューマン』。
一部の事に特化した、少数ながらも圧倒的な存在感を放つ『民族』。
最も個人の力が強く、他とは違った容姿をしているとされる『魔族』。
そしてシントウは刀や武芸による近接戦闘に特化され、最も危険で最も強いと謳われる民族である。
ここで、アイシェンとサンのプロフィールに新しい項目が追加された。
種族:民族(シントウの民)
「へぇ、シントウってそんなに有名なのか」
「悪名高いだけだ!くそぅ……とにかく俺たちは負けるわけにはいかないんだよ!」
タックは赤く腫れた左手に代わり、右手でボウガンを構えた。
引き金に人差し指を添えたその時。
「――悪いが、そいつを殺させるわけにはいかなくなった」
「えっ?ガッ……アッ……!?」
理解するよりも速く、洞窟から飛び出したファフニールがタックの首を潰した。
もちろん死ぬほどではないが、タックはボウガンを落とし、首を押さえ、地面に転げ回って悶絶している。
「ガッ、アァァ……!?」
「ファフニール……やりすぎじゃないか?」
「死にはしない。三十分もあればすぐに治る……はず」
「ガッ!?」
「長くない!?あとなんだ、はずって!!」
アイシェンのそのツッコミに、ファフニールはニヤリと笑うだけである。アイシェンは恐怖を感じた。
「はいはい、アンダードッグ、ファフニール、ふざけるのもそこまでだ」
洞窟の奥から遅れて、アイシェンが地下牢で助けた内の一人であり、この盗賊団のリーダーの名前と同じ人物である、ロビン・フッドが現れた。
彼女を見て、ジョンは目を大きく見開いて驚いている。口も開いているが、あまりの出来事に言葉が出ていない。
「さぁジョン、タック、尋問の用意はできてるか?」
右手に持つ手紙を、ヒラヒラと振りながら笑うロビン・フッド、恐怖である。
***
「アイシェンさん、あの人は誰ですか?なんだか、男らしい人ですが」
「あの人はロビン・フッド。ここの盗賊団、いや義賊団のリーダーですよ。地下牢にファフニールと一緒に捕まってたのを助けたんです」
「地下牢……?あぁなるほど、ようやく話が見えてきましたよ」
少し考える動作をしてから、やがて納得すると、ロビン達の方を見た。
納得するのが早いとアイシェンは思ったが、「あなたとは脳の構造が違いますから」と言われるのが目に見えているため口には出さなかった。
ロビン・フッドの尋問は、唐突に始まった。
「さて、タックは喉潰れてて喋れないから、ジョンに聞こう。この手紙は何だ?アンタ専用の部屋の机にあったけどねぇ」
「えっと……」
「はぐらかす必要はない。すでに読んでるから。でも、アンタの口からも内容を聞きたいなぁ」
「ヒ、ヒエェェ……」
ずいずいと追及してくるロビン。
それを見て怯えるジョン。
何だか、可哀想だとアイシェンは思った。
「そのくらいにしてやれ」
ファフニールがロビンをなだめる。どうやらこれは彼女達からのささやかな復讐だったらしい。
可愛いものだとアイシェンは思った。
「仕方ないな。今回は特別だからなジョン。で、この手紙に書いてある内容だけど、これにはこんなことが書いてあった。『お前らのリーダーのロビン・フッドと、オラトン村の住民共は裏切っている』と」
驚いているのはアイシェンだけであった。ファフニールとサンは顔色一つ変えておらず、かくいうジョンは静かに頷いていた。
「こんなことではないかと思っていたが」
そうファフニールがポツリと呟く。
「そうだったんだ」
「当たり前だ、貴様に助けられなくてもあの程度の檻、すぐに壊せられる。ただ、どうして奴等はロビンまで捕らえたのかが気になった。それに、部下を傷付けると人一倍仲間思いなロビンがうるさかったからな」
(だから強行突破したくてもできなかったのか。でも……)
アイシェンは見渡す限りの倒れた人を見た。
「傷付けられてるどころか、全滅なんだけど」
「そこまで面倒見きれるか」
それもそうか、とアイシェンが思っていると、ゴホンッ、と一つ咳払いしてロビンが二人を睨み付ける。
そしてまたジョンの方に向き直った。
「ここに書いてある内容を信じたお前らは、まず私を睡眠薬で眠らせ、地下牢に入れたあと、村を襲った、だね?」
「信じた訳じゃない!俺もタックも、そんなものすぐには信じなかった!!でも、あいつが……」
ジョンは顔を俯かせ、先程までロビンと合わせていた目線を下げた。
「あいつ?一体誰のことだ、ジョン?」
「それは恐らく――」
今まで静観していたサンが、突然口を開いた。
弓と矢を構え、すぐそばの森に向け、彼女は声をあげた。
「そこにいるんでしょう。大人しく出てきた方が……まぁ戦闘は免れないでしょうけど。とにかく出てきなさい!」
ガサリッ、と葉の揺れる音と共に、見覚えのある、そして意外な人物のシルエットが現れた。
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