第2話 潜入

 ***


 オラトン村裏山 盗賊団アジト 午後七時半


 身長の高い男が集まったこの盗賊団の中でも、一際高いジョンはそれにコンプレックスを抱いていた。

 彼の身長は二メートル以上あった。立つと天井に頭をぶつけそうになった。


「おいお前ら、ちょっと良いか」


 と声をかけるが、部下たちの喧騒を沈めることはできなかった。

 自分には部下を従える能力は無い、と痛感する。

 ――ロビンさんはどうやってたかな。ジョンの頭にそんな考えがよぎる。

(駄目だな、あの裏切者のことを考えるなんて。どうやら俺は相当あの人に心酔してたようだ)

 洞窟内に手のひらをぶつけ合い、空気が破裂する音が響いた。


「はいはいはい、今ジョンがしゃべるから、てめぇら静かにしろ」


 そう言って、ビールをラッパ飲みし始めた修道師らしくない男、タック。

 こういう時、ジョンは彼の堂々とした態度を羨んだ。


「おいリーダー代理、何か言えよ」


 タックは、ジョンの方を見上げて荒々しい口調で言った。


「あっ、すまん。まずはリュー、お前らの邪魔をした二人組っていうのは、見たことのない剣を持った黒髪、だったな」


 その質問に、この中で最も太った容姿をしているリューは答えた。


「はっ、はい!!そしてめちゃくちゃ強かったです、はい!!」

「よーしわかった落ち着け。はいを語尾にする必要はねぇから」


 するとリューはまた「はい!!」と言って下がった。


「おいタック、心当たりは?」

「まぁ一応」


 流石タックだ。だがどうせ教えてくれないだろう。


「しかしめちゃくちゃ強いか……何か対策を練る必要があるな。何か、良い案のある奴はいないか?」


 この盗賊団は喋りたがりが多いため、様々な意見が出てきた。


「お菓子で釣るのはどうでしょう!」

「効くわけないだろ、次!!」

「アジトごと爆発させませんか?」

「俺らが死ぬわ、次!!」

「何ならもう正面から殴り合うしか」

「それができない可能性があるからこうやって会議してんだろうが、次!!」


 様々な意見、ではなく散々な意見だった。

 その後に出てきたものも的外れなものであったり参考にもならないものであったりと、時間の無駄にしかならなかった。

 そしてジョンは、普段はもとリーダーのロビン・フッドか、タックのそばでしか話せないのに、ツッコミの時には自分で話せる自分に苛立った。


「動物とでも戦わせますか?」

「うちで飼ってんのは元リーダーの猫だけだ、次!!」

「そういや俺、子供できたんですよ」

「マジかいつの間に!?あとで祝って……いやそんなことはどうでも良いわ、次!!」

「あの、さっき村で会った二人組の女の方がものすごいスピードでこっちに向かってきてるんですけど」

「そうだな凄い凄い。次……今何つった?」


 聞き捨てならない意見を述べたその男は、村から帰ってきたあと、アジトの入口で見張りを任された下っ端だった。

 思わずジョンはもう一度聞き直す。


「いえですから、さっきの女がここに向かって来てると」

「冗談じゃねぇ!!まだ何にもまとまってないのに!!なぁタック、何とかならないのか?」

「あ、すまん。俺急性アルコール中毒で酒のことしか頭にねぇから無理」

「いっそ死ねそのまま!!あぁもう、とにかく武器を持って全員アジト正面入口に集めさせろ!裏口の奴等もだ!!」

「イエッサー!!」


(しかし変だな……。女の方しか来ていないのなら、男の方はどうした?)


 しかしそんなことを深く考える余裕はなく、ジョンは棍棒を手に取ると、部下と共に正面入り口へと向かった。


 ***


 十分前

 オラトン村・裏山入口 午後七時二十分


 サンは顎に手を置き、自分の横に立つアイシェンを見た。

「アイシェンさん、今千里眼を使ってくれませんか?」


 千里眼とは、アイシェンが持つ、遠くにある景色を一歩も動かずに見ることができるという特別な目である。しかし未熟なアイシェンでは、本来であれば半径四千キロメートルは見えるはずが、半径三キロメートル程しか見えない。

 更には使用の際、血液が両目に集中するので両目に負担がかかり最悪失明の危険もある。それでも村の火を消した水道管もこの千里眼によって見つけられたものであり、一概に使えない能力とは言えない。


「良いですけど、何を見るんですか?」

「まずは敵のアジトの場所を」

「どれどれ……おっ、ありました。あの村長の言うとおり、山の中腹辺りに」

「そうですか。では次に、その裏側を見てください」


 裏?とアイシェンは首をかしげながらもサンの言うとおりアジトの裏側を見た。

 すると、もう一つ入口が見えた。


「あっ!もう一つ入口がある!」


 恐らくそれは、いざというときの脱出口だろう。見張りすらもいなければ、よく目を凝らさなければ見えない場所にある。


「やはり……ではアイシェンさん、私は正面から突撃して敵を集中させますので、あなたは裏からアジトに潜入してください」

「?まぁいいか。わかりました!」

「あぁあと、罠には気を付け……いや流石に早すぎません?」


 サンは、早速罠にかかりロープで宙吊りになりながら「はは」と笑っているアイシェンを見て溜め息を漏らした。


 ***


 盗賊団アジト・裏口 午後七時三十分


 何度も罠にかかり、お気に入りだった和服に泥をつけ、多少の苛立ちが募る。

 しかしアイシェンはアジトの裏口に辿り着いた。

 入口はトンネルのように掘られていたが、中は一方通行ではなく、迷路のように入り組まれていた。

 千里眼を駆使して前へ進んでいると、ある風景がアイシェンの目に映った。

 牢だ。

 ゴキブリが歩き、泥水が滴る、衛生的にも最悪な場所だった。そしてそこには、二人の少女がいた。

 一人は右目に包帯を巻いており、二本の角が生えた赤と黒のゴスロリ服を着た、青黒い髪の少女。

 もう一人は、男と見間違うくらいの短い髪で、耳に十字架のイヤリングを付けた筋肉質な少女。


「こっちか……」


 今の風景の見えた道を進んで行くと、千里眼の通り、牢に到着した。そこは地下だった。二人の少女もいた。

 その牢の近くまで行くと、二人はじっとアイシェンを睨み付けた。


「えっと、その」

「何だ貴様は?見ない顔だが、ここの新入りか?」


 まず声を掛けてきたのは、頭に二本の角の生えた方の少女。

 間近で見ると整った顔立ちが良く映る。

 しかし地下に捕まっているにしては小綺麗でヒラヒラとしたゴスロリチックな服装には違和感を覚え、更に右目に巻かれた包帯は、どこか彼女の秘めた威圧感のようなものを感じさせる。

 加えて鋭いナイフのような言葉。見た目は10代後半だが、まるで百戦錬磨の猛者のようだった。

 慌てずに、アイシェンは質問に返す。


「あっ、俺はアイシェン・アンダードッグ。いろいろ成り行きで助けに来た、ただの旅人だ。お前は?」

「我は……いやそれよりアイシェン・アンダードッグ、貴様が我等を助ける義理など無いだろう」


 そういうと彼女はギロリと睨み付ける。


「貴様がどれほど腕の立つ者かは知らない。だがここは敵のアジトの中だ。今は見張りがいないから良かったが、もしいたら、貴様は今頃、ここでゴキブリと暮らしていたはずだ」


 ふんっと、人を小バカにしたように鼻息を鳴らす。「貴様がゴキブリのファンならそれでハッピーエンドであろうが」


 彼女はアイシェンと反対の壁を向いて、あぐらをかいたまま頬杖をついた。

 彼女は警告をしてくれた。それは、決して頭の良いとは言えないアイシェンにも理解できた。


(でももっと良い言い方あるだろ……)


 同じく牢の中で話を聞いていた、髪の短い方の女性が声を出した。


「あーえっと、アンダードッグだったね。済まない、彼女はああいう奴なんだ。でも悪い奴じゃないよ、ホントだよ」


 と、手をヒラヒラと振りながら角の生えた少女をフォローする。


「あともう一つ、この牢を開けると言うのならそれは結構。鍵はここのリーダー格の男が持ってるだろうし、危ないでしょ。アンダードッグ、アンタはもう帰りな」


 彼女は恐らく良い人だ。アイシェンはそう思った。


「よし、二人とも少し離れてて」


 何だろうと二人は思ったが、アイシェンが抜いた刀の輝きが彼女たちを動かした。


「あ、そうそう。今から助けるから、二人とも俺の仲間になれよ」

「「……はぁ!?」」


 二人が牢の近くから離れたのを確認すると、アイシェンはその鉄の檻に向かって刃を漢字の『一』を描くように、平行に切り裂いた。

 そしてその少し下に、また同じように刀を横に振った。


「……よし!」


 アイシェンのその声が合図だったかのように、その牢はストライプの模様を作り続けるのをやめてしまった。


「ちょっ……おい貴様、何をやってるんだ!我とこいつは助けなくてもいいと言ったのに!」

「なんだそれ?いや、確かに二人は助ける義理はないーとか、結構、とか言ってたけど、それに俺が頷いたか?」

「なっ……」

「目の前に助けられそうな人がいれば、助けるのは当たり前。違う?」


 開いた口が塞がらない。今の彼女達の表情はまさにそれだった。


「ある人にそう言われて、俺はそう信じて、具体的に二人を助けたいって思って、具体的に行動した。はい!抽象的な理由で助けるなって言った二人より、具体的に助けたいって思って助けた俺の勝ち!終了!!」

「……貴様、馬鹿なのか?」


 その言葉にアイシェンは、良く言われるよ、と返した。

 すると彼女は、腹を抱えて笑いだした。


「くっ、あはははは!いや、今まで数え切れないほどバカは見てきたがこいつは特級だ、救いようのないバカだ!ははははは!」

「おいおい失礼じゃないかそれ?」

「ふぅ、こんなに笑ったのは、何年ぶりだろうな。申し遅れた、我の名前はファフニール。こう見えても竜種だ。ここから出し、楽しませてくれた礼に、仲間にでも何でもなってやる」


 名前:ファフニール

 年齢:五二八歳

 性別:女

 使用武器:???

 種族:???


 以上が彼女のプロフィールである。名前が判明したため、ここからはファフニールと呼称する。


「よっしゃ、よろしくなファフニール!!でそっちの名前は?」


 この時、消極的ながらも言った、髪の短い、耳に十字架のイヤリングを付けた筋肉質の女性の名前を知った瞬間、アイシェンは心臓が一瞬止まったかのような感覚に陥った。


「私の名前は……ロビン・フッド。この盗賊団の、リーダーだ」


 

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