弱小記~Phantasmagoria of SOL world.
原田むつ
一部:London Murderer.
ロビン・フッド義賊団編
第1話 開幕
シティ・オブ・ロンドン 午後七時十五分
小さく、赤い松明が灯されている。その頼りない炎は、部屋の中にいる二人を闇の中に落としていた。
闇の中を、銀色のナイフが光る。
「まさか、ここまで強くなるなんて……」
夜でも目立つクリーム色の紳士服を着た青年は、この街唯一の時計台……その内部にて、目の前の少年を見つめていた。少年は両手で持っていた刀を、そっと青年に向ける。
「一ヶ月……ずっとお前を探してたからね」
少年はそう呟き、互いに石で作られた硬い床を蹴る。次の瞬間、ナイフと刀がぶつかり合う音だけが室内に響いた。
***
数日前 オラトン村 午後七時
村の外にある山の上、二人の男女が村を見下ろしていた。日は沈んでいるが、村を覆う業火のお陰で昼のように明るい。
男の方、少年は苛立っていた。村には、火を放った犯人と思われる盗賊の集団がいる。少年は山を一気に駆け下り、その集団の一人の鳩尾に迷わず拳を入れた。髭がぼさぼさと首元まで伸びた薄汚れた男が、強烈な拳に呻いて腹を押さえ、その場でうずくまる。
倒れた男の仲間の盗賊は、あまりに突然の出来事に言葉を失った。少年は、先程から何ら変わることなく、苛立った表情で彼らを見渡し、言う。
「既にやっといてあれなんだけど、これってこの村伝統のイベントとかだったりしないよな?家燃やし祭り的な」
「あ?そんなわけねぇだろ」
つい、盗賊は答えてしまった。この時に少年を捕らえることも可能ではあったが、状況を把握しきれていなかったのだ。
少年は「なら良いか」と言うと、腰に掛けた武器に手をかける。
「何だァ!?まさか一人でこの村を助けようってのかァ!?」
「ギャハハハッ!!おいこいつ、どうやら死にてぇみたいだぜ!!」
少年は面倒くさそうにため息をついた。
「じゃあ、推して参る」
名前:アイシェン・アンダードッグ
年齢:十八歳
性別:男
使用武器:刀
種族:民族
以上が、彼のプロフィールである。名前が判明したため、ここからはアイシェンと呼称する。
アイシェンは、傷のタトゥーを入れた男の頭を腰から抜いた刀で鞘ごと殴りつけた。
しかしもう片方のスキンヘッドの男が、アイシェンに向かって石を投げた。油断していたのか、アイシェンはそれに気づかない。
その時、その石をなんと矢で撃ち落とし、同時に矢尻のついていない一矢をスキンヘッドの男に当てた者が現れた。
「全く、少しは周りに気を付けなさいとあれほど言ったのに……」
それは、先程アイシェンと共に山の上から村を見下ろしていた女性だった。彼女は呆れたようにアイシェンを見つめている。
名前:サン
年齢:不詳
性別:女
使用武器:弓
種族:民族
以上が、彼女のプロフィールである。名前が判明したため、ここからはサンと呼称する。サンはアイシェンの武術の師匠であり、アイシェンはサンのことを『先生』と呼び慕っていた。
アイシェンはサンの目の前に近づいて言う。
「いやぁ助かりました。有り難う、サン先生」
「お礼はさっさとそこの雑魚どもを蹴散らしてからにしなさい」
気付くと十人ほどの盗賊が二人を囲んでいた。その全員が多対小に油断しているのか薄ら笑いを浮かべている。気味が悪い。
アイシェンは、盗賊の中で一番太った男の足元をじっと見つめる。
さっきまで黒かった目の色とは打って変わって、炎のように赤く染まっている。
「よしサン先生、そこの太っちょの足元だ」
スッ、とアイシェンが指差した先にあるのは何の変哲もない大地。村を焼く火が強くなるのを肌で感じた。
「なるほど太っちょの足元、それでは早速」
サンは力強く弓を引き、アイシェンの差した場所に向かって矢を放った。
「おっ……おぉ……?お前ら、いったい何しや……」
「よしサン先生撤退!!」
「了解です!それでは!!」
男が言い終わらないうちに、アイシェンとサンはさっさとその場から去った。呆気に取られている盗賊たちに、不穏な気配が忍び寄る。具体的に言うと、彼らの足元から。
――ゴゴゴゴ……。
どこからか聞こえた音。太った盗賊の男は横にいた仲間に尋ねた。
「おい、今なんか聞こえなかったか?」
「そういえば何か……地響き、みたいな」
盗賊全員の顔から、焦りの色が見え始める。彼らの頭の中で突拍子のない予想を立ててしまったのだ。
「いや、そんな馬鹿なっはあぁあぁぁ!?」
彼らが踏んでいた大地の下には、この村で使われる水が流れていたのだ。サンはその水が流れている水道管を破壊し、水を吹き出させたのだ。
水の勢いは強く、その場にいた盗賊はあっという間に流されていき、他の場所にいた盗賊も事態を理解すると、同じような叫び声をあげ、仲間を置いて走り去った。
アイシェンは深く息を吐いて、「壮観だなぁ」とつぶやく。水は確かに噴射されたが、勢いの強かったのは最初だけであり、あとは公園の噴水のように優しく降り続けるだけである。きっといつかは止まるだろう。
二人にとって、他の盗賊までもが逃げ出すのは嬉しい誤算だった。更に言えば、盗賊が燃やしまくっていた家も消化されていっている。上々の結果だろう。
「さて、行きましょうかサン先生」
サンは「えぇ」と首を縦に振る。植物のように艶々と輝く長い黒髪が、風の吹くままになびいた。そこに、一人の老人が駆け寄る。
「あの、あの旅のお二方。あの盗賊を追い払っただけではなく、村の火まで消してくださり、有り難う御座います」
胸まで届く真っ白な髭を生やした老人は、深々と頭を下げ二人に礼を言う。
「わたくし、このオラトン村の村長をしている者です。お礼がしたいのですが、いかがでしょうか?」
「えっ?うーん……どうしますかサン先生?俺は別にお礼が欲しくてあいつら追い払った訳じゃないんだけど」
「人からの誠意は素直を受け取った方が良いと思いますよ」
そっか、とアイシェンは言うと、二人は村長の後に付いて行った。
***
村長のお礼と言うのは、食事のことであった。
パン数切れと透明な水。
アイシェンは手のひらほどの大きさのパンを一気に口に頬張ると、それを水で流し込んだ。
それを見たサンは小さく息を吐き、一口サイズにちぎったパンを静かに食べた。
「むぐぅむぐむぐ!!」
「ちゃんと飲み込んでから話しなさい!!」
「ごくっ。……で村長さん、なんだったんだあいつら」
アイシェンの言うあいつら、とは先程の盗賊のことである。
村長は深く息を吐いて、その長い白い髭を揺らす。
「奴らはこの村の近くに住んでいる盗賊団で……いえ、義賊団です」
「義賊?あれのどこがですか?」
サンは不思議そうに片眉を下げて尋ねた。
「本当なんです。ほんの少し前までは不正に徴収して巨額の富を得た貴族から金を取り戻し、我々のような貧乏人に与えるという方々でした」
村長のその話を聞いて、周囲にいた村人たちは縦に何度も頷いていた。彼の言っていることは真実なのだと言うことを、アイシェンとサンは理解した。
「えっと……つまりは彼らは本当は善良な義賊団で、どうしてこの村を襲ったのかはわからない、と?」
アイシェンのその問いに、村長は静かに頷いた。
「……サン先生」
「はい?」
「盗賊するのは一緒なのに、良い奴と悪い奴っているんですか?」
「いるわけないでしょう。この村の人々が思ってるのは単なる想像、もしくは洗脳です」
「ほっほう、なら適当な大義名分を掲げて、あの盗賊団を倒しに行っても?」
「良いと思います」
「あの……何をこそこそ話しているのですか?」
アイシェンとサンは同時に、「いえ何も」と首を横に振る。
「で、その義賊団について、他に知ってることとかはあるか?例えば……リーダーの名前とか」
「あぁそれなら。名前はロビン・フッド。森の中での戦闘においては右に出るもののいないと言われている女性です。以前ここへ来た方も、ロビン・フッドの仕掛けた罠にはまり――」
「女性……ですか。あんな荒くれの集まりをまとめているとすれば、相当な実力者なのでしょう。アイシェンさん、気を付けてくださいよ」
何で?とアイシェンは思うが、口には出さなかった。
背中に回されたサンの手が、アイシェンを強くつねる。信用されていないようだ。
それよりもアイシェンは村長の言葉のある部分に疑問を抱く。二人以外にこの村に来た者がいる、という点だ。
「他には何か知りませんか?部下の名前とか」
「えっと、他の人より身体が大きく、棍棒を振り回す大男がジョン、ビールを腰に下げた、目の下にあるほくろが特徴の修道師タック……そうそう、たしかタックは我々を毛嫌いしてました」
「そのタックとかいう奴に何かあるのかも。ほら例えば、そのロビンっていうリーダーを騙してこの村を襲わせたとか」
村長は恐らく、と首を縦に大きく振るう。
サンは考えるように右手を顎に当て、また村長に尋ねる。
「その盗賊団のアジトの場所や行き方などは?」
先程から質問攻めをしてくるサンに、村長は辟易しながら答えた。
「えぇ知ってます。まず、この村の裏にある山を少し登って、中腹辺りに洞窟があります。奴らのアジトへの、たった一つの入り口はそこです」
「どうも有難う御座います。アイシェンさん、行きますよ」
「え、でもサン先生、あなたの分のパンと水が――」
「行きますよ」
たった五文字なのに、とてつもない威圧感をサンは放っている。例えるなら現状、アイシェンはチワワでサンはライオンのようだ。
しぶしぶ了承し、アイシェンはその重い腰をあげ、サンの後ろを付いて行った。
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