第4話 逃走
***
「えっ、サン先生、あの人って……」
「そんな驚くことはないでしょう。彼自身が私たちにヒントを何度もくれたではありませんか」
「でもあの人、オラトン村の村長じゃないか!」
森の中から現れたのは、オラトン村の村長だった。
村で見た老人特有の弱々しさは一切無く、神々しい真っ白な衣服を身にまとい、威厳を感じさせる佇まいをしていた。
「思い出してみてください。彼はこの義賊団について知りすぎている。リーダーの名前だけならばともかく、本来は隠すべきアジトの場所、部下の名前、服装、顔の特徴まで細かく知っていた。なのに、私たちにアジトへの入り口は一つだけだと嘘もついた」
サンは早口で説明した。
「そりゃあ大切な場所なのですから、教えたとしても一ヶ所だけでしょう。でも、強調する必要はなかったんじゃないですか?」
そう言われてアイシェンも思い出した。確かに彼は、アジトのたった一つの入り口と強調していた。
賛同するようにファフニールも口を開いた。
「そういえば、我もアジトへの道を教えられたが、その道は特に罠が多かったな。あれもわざとだな?」
「わざとなはずが無かろう」
突然、村長は大袈裟な身ぶりでそう言う。
「確かにワタクシは嘘をついたし、罠の多い道も教えた。だがそれは、貴方方なら行けると思っていたからだ」
「それをわざとって言うんじゃ?」
「違うと言っているだろう、アイシェン・アンダードッグ」
「……何でお前、俺のフルネーム知ってるの?」
「何で……そんなの決まっている。貴方のお友だちから聞いたのだ」
アイシェンは右手に持っていた刀を男に向け、戦闘体勢に入った。
「……なぁ元村長。もう一つ聞いても良いかな?お前がもし、俺を待つためだけにオラトンの村長やってたんなら、本物の村長は何処に行った?」
「……同じ顔を持つ者が、二人もいると思うか?」
その台詞が言い終わるのとほぼ同時に、アイシェンは刀で相手を斬りつけるべく、右足を踏み込んだ。
そして、大きな力で後ろに引っ張られた。
「痛ったぁ!何するんだよファフニール!」
自分を後ろへ引っ張ったファフニールをアイシェンは責めたが、ファフニールは淡々と言った。
「馬鹿者、頬に触れてみろ。死ぬところだったぞ」
ツゥーッ、となにかがアイシェンの左頬をなぞった。
それが血だということを理解するのに時間は掛からなかった。
困惑するアイシェンを余所に、ファフニールは言う。
「そのまま突っ込んでいたら脳を撃たれていた。おい貴様、その背中に回している両手を出せ」
彼は言われた通り、両手を前に出した。
右手には何も持っていないが、左手に何かを握っている。ロビン・フッドの持つボウガンに形状は似ていたが、弦も無ければ、大きさも比較的小さい。
アイシェンや、ファフニールまでもが見たことの無いものだった。
しかしサンだけは知っている様子だった。
「
「ほぉ知っているとはな。ぴすとる、という名ではなく、魔力銃とワタクシは呼んでいたが、ピストルの方が簡単だ」
「まりょくじゅう……?」
聞きなれない言葉に、アイシェンはそのまま聞き返した。
対して元村長が答える。
「銃という武器がブリタニアの南にあるフランクという国で作られた。それは簡単に言えば、火薬を燃焼させガスを作り内部圧力を高め、すさまじい威力の弾丸を発射するというものだ。この銃はそれを改良し、持ち主の魔力を込めて、魔力弾として発射する。火薬を使うより腕への負担も少なくできるし、手加減も容易だ」
「えっと、じゃあさっきのはその銃で俺を狙ったってことか?でも、そんなの俺に向けてないって言うか、背中に持ってたよな?」
「その通り!ワタクシは銃口を貴方に向けずに後ろに向けていた。では何故アイシェン、貴方にワタクシの魔力弾が届いたのか。それはズバリ!後ろに撃った魔力弾が貴方の方に飛ぶよう計算したからだ!!」
と、当たり前のように自分の攻撃のトリックを明かした。
「つまり元村長さん、あなたは自分の撃った弾がどこにぶつかるとどのように反射し、そしてどのルートをたどればアイシェンさんに当てられるのかを計算して後ろ向きに撃ったということですか」
ニヤリ、と男は笑った。
そして今のサンの説明で、アイシェン達が勝てるビジョンは見えなくなった。
「……長話が過ぎたな。もっとも、そのお陰でこの洞窟の包囲も済んだが」
気付くと、周囲には黒いフードを深く被った集団が、アイシェン達を取り囲むように立っていた。
その数はざっと十人程度だが、それでも元村長の男並みの威圧感を全員が放っている。
修羅の道を潜り抜けてきた精鋭ばかりを集めたということは誰がどう見ても明らかだ。
仮に挑んでも全滅するだろうと容易に想像できる。
万事休す、全員が冷や汗を流していたその時。
「やっと役に立てそうな展開だ」
それまで黙っていたロビン・フッドが声を出した。
「アンダードッグ、ここは私たちに任せて。この近くに崖がある。そこを降りて真っ直ぐ行けば、ランベスっていう村につくはずさ。そこには今、ブリタニアの王家の連中が来ていたはずだよ」
「えっ、でも……」
「それに、そこに行けば、あんたの友だちとやらに会えるんじゃないのかい?」
アイシェンはハッとした。さっきの会話を彼女はよく聞いていたと言うことだ。
ロビン・フッドは、深く息を吸い込む。
「てめぇら!!いつまで寝てるんだ、いい加減に起きろぉ!!」
無意識に耳を塞いでしまうほどの声量を彼女は出し、地面に突っ伏していた者は次々と飛び起きた。
「ジョン!!タック!!アンタらは部下が飛び起きたっていうのに雑魚寝かい!?タック、呼吸くらい死ぬ気で取り戻しな!!ジョン、アンタの馬鹿力を今こそ生かせ!!」
「はっ、はいぃ!!」
あっという間に、ロビン・フッド義賊団は集合していた。
タックはまだ少しむせていたが。
たった一声で彼女は自分に反乱を起こしていた連中を従えてしまった。
それは彼女の持つカリスマ性故か、もしくは普段から恐ろしい人物であったのか。
「さて、元村長、我々はアンタの名前をまだ聞いてなかった。教えてくれるかい?」
顔色一つ変えなかった彼は、目を瞑りながら笑みを浮かべた。
「『ジェームズ』だ。今はまだそう言っておこう」
「……よし、ファフニール。アンダードッグを連れてここから離脱するんだ」
その言葉にファフニールは頷いた。
「待てよ!地下で言ったよな!二人とも仲間になってくれるって……」
「あー言ったねぇ。でも、私は頷いてないよ?ただ誘われただけさ」
「なっ……」
ごめんね、とロビン・フッドは片手を顔の前に出した。
「ファフニール、あとは任せたよ」
「やれやれ……」
ファフニールは、とアイシェンをひょいと持ち上げた。
「ちょ、ファフニール!?」
「えっと、サンだったか。こいつは我が持っていく。道を開けるのを任せても良いか?」
「ほほう良いでしょう。ずっと話ばかり聞いてて暇だったんです」
サンは矢を構え、弓を強く引いて威嚇し始めた。
「逃がすわけにはいかん、総員掛かれ!!」
ジェームズはしびれを切らし、周囲の仲間に号令をかけた。
同時に、周囲の黒フードの集団が飛びかかった。
「ドラァッ!!」
その時脇の方から現れたジョンは、空中で三人ほど捕らえ、他の黒フードが多くいる場所へ強く投げ飛ばした。
それに便乗するように義賊団は、ロビンを始め遠くから弓矢やボウガンで援護するチームと、接近して拳や剣で戦うチームの二つに別れ、見事なチームワークを見せた。
ちなみにタックは作戦担当だったので、酒を飲むだけで何もしていない。そして、またむせた。
明らかに劣勢の自分のチームを見て、ジェームズは思う。
(やはり、ワタクシのチームは、個人の力で勝っていても、
ジェームズはふと森の方を見ると、一瞬で十人近くを倒したサン達がこの場を離脱していた。
「それはいけない。ワタクシは逃がさないと言った!」
「ちぃバレましたか!」
サンはすかさず矢を放った。
しかしそれは難なく弾かれる。
比較的冷静だったサンの顔にも焦りの表情が見られた。
「どうやら、私の弓矢は効かないみたいですね。逃げますよファフニールさん!」
「わかった。しっかり捕まっておけ、アイシェン!」
「え、それどういうぅぅッ!?」
二人は凄い速さで森を駆け抜ける。
それに追い付こうと、ジェームズも走った。
しかしあっという間に崖にたどり着き、ファフニールとサンは迷わずに飛び降りた。
そして、夜の森の中に消えた。
ジェームズは、崖の手前で立ち止まると、魔力銃を下の森に向けた。
「……今は止めておこう」
奴等を殺す機会はまだある。楽しみは最後までとっておくものだ。
ジェームズは魔力銃を下ろすと、先程の洞窟の方を振り返った。
戦っていたはずの黒フードの一人がそばまで来ていた。
「ジェームズ様!義賊団の連中が全員、突然消えてしまいました!」
「消えた?ほぅ、森の中での戦闘も奴等の方が上手だったか。まぁいい、そっちも捨て置け」
「はっ!」
「あぁ、あと……」
「はい?」
ジェームズは魔力銃を部下の額に突きつけ、理解させる間も無く撃ち殺した。
「見ていろ。この報いは、必ず返す!!」
空を見上げ、男の笑い声が、夜の森に響いた。
アイシェン達の戦いは、始まったばかりである。
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