まつりび

Mondyon Nohant 紋屋ノアン

一、ギャラリー

 地元出身の作家をとりあげたのが二十年ぶりだったためか、本木直之もときなおゆきの作品を飾った三十回目の洛堂展らくどうてんは、例年以上ににぎわった。

 洛堂展は、画廊「洛堂」が年一度、初冬しょとうに開催する企画展だ。国内の若手美術家から一名を選び、彼の作品を展示する。

 地方都市の一画廊がもよおす美術展に、全国の美術関係者は注目していた。洛堂展に出品した作家は必ず世に出たからである。

 画廊のオーナーである田良介でんりょうすけ道楽どうらくは、才能を発掘しプロモートすることだった。伝統工芸からモダンアートまで、美術のあらゆる分野からモノになりそうな若者を拾いあげ、資金の提供や権威への紹介等々、可能な限りの援助をした。洛堂展も、その道楽の一環いっかんだった。

「十年待てば、大儲けだ」

 人が好いといわれると、良介はそうこたえる。

 各国有名建築の壁画をほとんど手懸てがけている画家、人間国宝となる条件が年をとることだけといわれている陶工、美術の教科書には必ず作品がる版画家……良介を「親爺」としたい、業界屈指の美術商にしてくれた彼らが、その言葉を証明している。

 西の窓からし込む陽光が、画廊奥に立つ女性裸像を照らし始めていた。彫刻は高さ約二尺半、半等身のブロンズ像である。本木直之は抽象を得意としていたが、二ヶ月前にR大賞を受賞した作品は、この具象像だった。

なおさんに見て欲しいものがあるんだ」

 良介は、抱えた古い画帳を軽く叩いた。

「直、モデルさんが来てるぜ」

 受付係の友人が、二人の会話に割り込んだ。

 彼が指した女性は、女像に見入っている。

「彼女、直の彫刻のモデルだろ?」

 直之は良介に一礼し、彼女の背に近づいた。

「本木です」

 ふり向いた彼女の顔を、陽光がかすった。

「はじめまして……だと思うんですけど。この彫刻のモデルが私でなければ」

 立ちすくむ直之にそう言って、彼女は視線を彫刻に戻した。

「鏡を見ているみたいだわ」

 田良介は、遠くから彼女の姿を凝視ぎょうしし、しばらく動かなかったが、納得したように小さくうなずくと、画帳をかかえ直し、事務室に向かった。

「この彫刻、『まつりび』っていうんですね」

 台座に貼られた銘板めいばんを見て、彼女は言った。

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