男 -14-

……お前の考えた通り、今日が私の最後の夜となるだろう。

まさか城跡にこんな宿が出来ているなど夢にも思わなかった。

そしてここで私の半生を語ることになろうとも。


姫とのことは、誰にも言えぬ秘め事であった。

言葉に出来ぬ日々はやがて幻のように曖昧な記憶となっていく。

だが忘れたくはなかった。

私は姫と一緒だったあの数年を宝のように思っていたのだから。


最後の心残りも、お前のおかげで消してしまえる。

姫への最後の呼び掛けが名前でなかった事。

ずっと「香春」とその名を呼んでいたのに、最後が他人行儀な「姫君」だったことは、私達の本来持つ距離を思い知らされて辛かった。

私は偽りの間柄だったとしても姫を香春と呼び続けていたかった。


ああ、宿の主人がくれた酔い覚ましがすっかり効いてきたようだ。

だからこれから言うことを酔っ払いの戯言と聞き流してはくれるなよ。


……香春、愛していたよ。


そんな驚いた顔をするな。

私を迎えにきてくれたのだろう。

宿の主人がお前を分からないと言った時に確信した。

お前が私の香春だと言う事を。


お前のその目は、私と過ごしていた時と同じ目だ。

いいのか?

私はお前にねめつけられるのが当然だと思っていたのだぞ。


……ああ、幸せだ。


お前との初めての口付けが、私の歪んだ人生の最後を飾るものになるなんて。

香春、私はお前のその笑顔が好きだった。

愛していたよ。

お前を失う前に言えば良かった。

そうしたらお前はまだ私の側でこうして幸せそうに笑っていたのかもしれぬ。


……そうか、そうだな。

これからはずっと一緒にいられるのだな。

ふふ、だがこんな汚れて年をとった男でも構わないか?

ああ、その通りだ。

身分も姿も関係ない。

お前は香春で、私は私、それはずっと変わらないものなのだから。










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