男 -13-

私とて何の変哲もない一人の若い男に違いない。

そんな欲に息も出来ぬほど苛まれた夜がない訳ではなかったのに。


私の側に横たわり、繋いだ手にそっと唇を当てにっこりと微笑み微睡始める。

求めているのは父の抱擁か母の温もりか。

齢二十を数えようとする娘が未だそれを欲するものなのか。

いや、姫は思い出を失っているのだから庇護者の情を求めることに不思議はない。

ならば私は父にも母にもなってみせよう。

男として求められなくても私を私として求めてくれている、業の深き男にはそれで十分ではないか。

静かな寝息の横でそう考えるだけで姫への愛おしさは増した。


身分があるからでは無く、美しいからだけではない。

姫は私の希望だった。


父王を感情に任せて討ったことは悔やんでも悔やみ切れぬ姫への負い目であった。

だからこそ私はあの娘の望むすべてを叶えてやらねばならぬと思っていた。


否、違うな。

私は単に自分に向けられる香春の愛しい微笑みを失うことが怖かったのだ。


その後、箝北は卑怯な手口で領土を広げた代わりに、人々の反乱にほとほと手を焼き、結局その後奇襲をかけた箝東に敗北した。


私は、追剥ぎに嫌けがさしたその後は戦場に出るようになっていた。

日雇い兵となり、箝北の兵を片っ端からなぎ倒していった。


私は死を恐れなかった。


無心な者ほど立身が早いというが正しくそれだ。

箝東の軍に召し抱えられ、数々の戦を勝利に導いた。

そして戦場が集結した時、湯水のように使っても使い切れぬ金を報償として受け取ったのだ。

姫が亡くなってから既に十年が経っていた。


しかし、戦に出る必要がなくなると再び酒に溺れる日々が始まった。

そしてとうとう血を吐いた。

今思えば、その前から不調はあった。

常に倦怠感があり、体は激しい運動の後のようにずきずきと痛んでいた。

僅かな下血もあった。


医師からは当然のように酒を止めろと言われた。

酒を続ければ、数年も保たずあの世行きだと。

それを聞いて、私は考えを改めた。


姫をまだ箝西に送り届けてはおらぬ。

死ぬ前になんとかそれだけはせねば。


情けない男だと笑われるだろうが、それでも私はまだ箝西に入るのを躊躇した。


姫の遺骨は既に体の一部のように片時も側を離れなかった。

それを手放すことは私の弱さからか簡単には考えられず、どうしても先行く足を早めることは出来なかったのだ。


そしてのろのろと箝西を目指している間、私はまた吐血した。


最初とは比べ物にならぬほどの量だった。

だが、それで迷いは消えた。


姫の遺骨を数年振りに懐から出し、それを口に入れた瞬間、こんどこそ私の死地は箝西に決った。


城の跡地に姫の骨と共に私は体を横たえ、やがて彼の地の土になろう。

姫と二人で、今度は戦のない世に生まれ変わろう。


親子でも、兄妹でも何でもよい。

あの幸せだった日々を、この地で迎えることが出来るのならば。

そんなあるはずのない事を思い描く馬鹿らしさ、それでも私の心は慰められたのだ。

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