男 -7-

しばし呆然と床に目を落としていた。


どうにも思考ができぬ。

そのためヒタヒタと聞こえる足音に気付くのが遅れた。


顔を上げた時には、目の前に書状に記されていた通り世にも稀なる美貌を持つ年若い娘が立っていた。


抜けるように白い肌、鋭角に描かれた眉は幼さの残る顔立ちに魅惑的な色を与えていた。目尻には濃く黒い線、元々大きな眼が不自然もなく強調され、そこには真っ直ぐな気質を認めさせる。

筋の通るやや上向きの鼻は王に似たのか。

ふっくらと瑞々しく光る唇は、今は亡き母のものか。

艶めく髪は海の波の如く悠々と、またしっとりと揺れる。


兎にも角にも、傾城傾国のというのは正しくこの姫のためにある言葉だろうと場違いながら面を隠すこともできぬまま見入っていた。


姫君は入り口近くに跪く私を見てさして驚きもしなかった。

不躾な視線も、この人ならざる美しさを持つ娘には珍しくもなかったのかも知れぬ。


ただ、視線を宦官に、そして父王に向けた時初めて体を震わせた。


「お前なの?」


姿に違わず澄んだ高い声だった。


「お前が父を」


そのままふらりとよろけ、咄嗟に支えたこの腕の中でこちらを鋭い目でねめつけ「私も殺すか」と問うた。


私は答えなかった。


その瞳に魅入られたように、それ以上指の一本も動かす事は出来なかったのだ。


姫は気丈にも私から逃れようと暴れ出した。


我に返った私はその細い肩と腰に手をまわして抑え込んだが、思いの外細い体に加減がわからずうまく力をかけられない。


その身の隙間に腕をねじ込み、合間に小さな声を上げながら、ただひたすら私を押し退けようともがき、腕を振り回した姫に、それは、本当にたまたまだった。

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