男 -6-
私は天井板を静かにずらし、その隙間から下方、王の真後ろへ身を踊らせた。
どんな武術の達人でも、そこまで大きな動きを悟られぬのは難しい。
そのため、着地と同時に王の首に腕を回し、その勢いに任せて一杯の力でその首をへし折った。
ぐたりとなり口からは涎を垂らしたその体を、椅子に腰掛けさせ、その影に身を潜めた。
天蓋からかかる薄布のお陰で、多少の異変は気付かれないであろう。
間も無く宦官が部屋に戻ってきた。
王に報告をするが、当然答えはない。
宦官は不安げな様子で王に歩み寄って来る。
さすがに王と従者を遮るための薄布を越えることはなかったが、そこまで近付けば充分だった。
勢いよく椅子の影から飛び出し、宦官の喉を力任せに一突きにする。
喉を潰され一声も上げられぬまま崩れ落ちた体を、音を立てぬために薄布ごと支えようとしたとき、ぶちぶちと天蓋が悲鳴を上げ、裂けた布はふわりと宦官の体を覆った。
私は小さく舌打ちをした。
この布の向こう側に遺体を押し込めば、娘が来た時に少しの時間稼ぎにでもなったものを。
娘が来た時、扉を開けて最初に目にする王と側近の変わり果てただらしのない姿にさぞや驚く事であろう。
叫ばれては厄介だな、いっそ一思いに。
二人も殺めた後だ。さすがに高揚していたのだろうか。
箝北の王の命令など最早頭になく、こうなれば一人も二人も同じこと、ましてや天涯孤独になるであろう哀れな姫君など、生きていても仕方があるまい。
冥土に送るが親切かと今度は扉の陰に隠れたのだが、その時宦官の手から王に渡り、その後袖下に仕舞われていた書状が私の足下に落ちているのに気が付いた。
転がり広がる文頭には箝北の王の署名と押印。
なぜかと二度見返した。
敵対しているはずの箝北から箝西に対して送られるはずのない親状だったからだ。
嫌な心持ちに手が震える。
それを抑え込み拾い上げ、雑に走る折れ筋を伸ばしながら目を走らせ、そして今度は貪るように読み返した。
――世に稀なる美姫と噂の高い箝西の姫君を箝北の王に差し出し和平を結ばんとするならば、箝北は箝西に攻め入りはせぬだろう。
その証に箝北に味方するとしながら指示を待たず箝西の王を独断にて亡き者にせしめんと欲した箝南のある部族を処罰し、その長たる者の首を献上する。
是非とも懸命な判断を――
ある部族。
直ぐに気付いた。
私の郷、私の部族。
攻め入ったのは箝北であったのか。
体の力が抜けた。
私達は箝北の王の手の内でいいように踊らされていたのだ。
膝が折れ、体が落ちた。
もう、立ち上がる気力もなかった。
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