男 -5-

今思えば、若さ故の非常に青臭い考えだった。

私はまだ戦場をこの目で見たことがなかったのだ。


そのままぐずぐすと準備をするなどと適当な嘘を吐き二月近くを箝西の都で送った。


都に戦争の様子は聞こえてこず、直接の戦場ではなかったこともあり、私はその安穏とした生活に慣れ始めていたのだが、ある日箝北の使者が私に嫌な知らせをもってきた。


箝箪の郷が箝西の刺客に襲われたというのだ。


住人は皆殺し、郷は火を放たれ焼け野原。

俄かには信じられぬ話だったが、使者が私に手渡した物を見れば信じるしかなかった。


母が大事にしていた父からの贈り物のべっこうの櫛。

小さいながらも凝った彫りのある美しいものであったが、高熱にさらされたせいでぐにゃりと曲がり、原形をとどめてはいなかった。


それを手にした瞬間、私の中から師の教えは消えた。


これは戦争。

やらねばやられる。

ならばやらねば。


今まで散々愚図っていたくせに、それからの私の行動は早かった。

元々、全ての段取りは整っていたのだ。

手間取るわけがない。


私は箝北の者に教えられた通り城に忍び込んだ。

守人の少ない道順を辿れば、身を隠しながら進むのはそんなに難しいことではない。


箝北の者から、この日王は幾つかの接見を済ませた後特に予定はないと聞いていた。

私はなんとか王の部屋まで行くと、潜む天井の板を僅かにずらし、そっと中を窺った。


いるのは王と宦官の二人のみ。


天井には天蓋がかかり、そこから絹のように光沢のある薄布が垂れ下がっている。


宦官は布のこちら側にいる王に向かい、何か書状を読み終えたところらしかった。


二人は深刻な面持ちでしばし沈黙していたが、王は一つ大きな溜め息を吐いた後「人払いを」と言った。


「まず人払いを。そして香春を……娘をこれへ」


人払いとはいえ室外に守り人は配したままであろう。

さて、どうすべきかと思案を巡らせようとしたが、好都合にも王はこう付け足した。


「少しの間で良い、渡殿の者にも伝え下がらせよ」


どんな思惑か、謀か。

何を話すでも良い、この時世の今、この場の守り人を排するなど正気の沙汰とは考えられぬがそんなことはどうでもよい。


人を払うならば娘は宦官自らが呼びにいくだろう。

その間にまず王を、そして王を守護せんと娘より早く戻るであろう宦官を始末する。

後始末は必要ない。

僅かに遅れてくるであろう娘は王の許可を得るまで部屋には入るまい。

返事のないことに不審を覚え呼んだ守り人と共に入室する、それまでに姿を眩ませればよい。


二人を同時にというのは難だが、一人ずつならばさほど苦もなく出来る作業だ。


宦官は私の思惑通り部屋を出て行き、中には王が一人きりになった。

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