男 -4-

一月ほど掛けて行き着いた箝西の都。


私に与えられた仕事は箝西の王とその一番の側近、軍師でもある宦官の暗殺だった。


他の王族には利用価値がある、殺すのは最低限の者だけでよい。

この国には後継となる王子はおらぬ。

ただ、齢16になる姫がいるのみ。

王という指導者を、指揮を取る宦官を失った国は、それで充分崩れるだろうと、それが使者の話であった。


箝西に潜む箝北の者の手筈は完璧なものだった。

城への侵入経路から、王の行動についてほぼ全ての必要とされる情報は揃えてあり、あとは優れた身体と優れた術を持つ私がその計画を実行するのを待つのみと言うところまで計画は整えられていた。


しかし、私には迷いがあった。


師は弟子達に武術を使う者の心構えを大変に厳しく叩き込んだ。

本来武術とは、人を殺めるためにあらず。

人を救うためにつかうもの。

人には必ず愛する者がおり、そしてその者を愛する者も必ずある。

命を奪うことは悲しみを生み出すこと。

悲しみを生み出すことは業を背負うこと。

業を背負うことは幸福を手放すことであると。

師の言葉は私にとって非常に重いものであったし、私自身もその言葉に思うところがあった。


父の死が、正しくそれにあたるものであったからだ。


私の父は、善良とは言いがたい者であった。

箝箪の地に生まれ、無条件に古武術を習う機会を与えられてな。

優秀な使い手だったようだが心に邪なものがある男で、その武術を使って人を襲い、金品を奪うような真似を度々行ったのだ。

人を殺めた事も一度や二度では無かったらしい。

母はそんなことを知らず父に嫁ぎ、父もしばらくは母の手前か静かに生活を送り改心した素振りであったが、一度身を染めたことから完全に抜けるのは難しかった。

ある日父は、以前金品目当てに襲い命を奪った旅の男の妻という女に刺され、命を落としたのだ。

私が15の年であった。


ああ、師の言う通りであったと、後に事情を知った私は思った。


命を奪うことは悲しみを生み出すこと。

悲しみを生み出すことは業を背負うこと。

業を背負うことは幸福を手放すこと。

父は業を背負い幸福を手放したのだ。


そんなこともあり私は箝西の王の暗殺に躊躇した。

王には娘がいるという。

しかし后は病のために既にこの世を去っている。

たった一人の家族を失えば、娘はどれほど打ちひしがれることであろう。


そう思えば、単純に人を殺めてよしとする、箝北側の考えに同意は出来ない。



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