男 -3-

私の出身は箝南カンナン省の北にある小さな郷、箝箪カンタンというところだ。


三十数年前、お前はまだ生まれてはおらぬ頃だろうが、名前くらいは聞いたことがあるだろう。


箝南は、当時独裁王と名の通る悪名高き北の王が起こした四国戦争に巻き込まれることとなった。


箝南、箝北カンポク箝東カントウ、そしてここ箝西カンザイが戦場となった戦争だが、元は隣り合わせに位置する箝北と箝東の領地争いから始まったのだ。

さほど国力のない箝南と箝西はそれに巻き込まれたようなものでな。

地域的な理由から箝南は箝北に、箝西は箝東にそれぞれ荷担した。


私の郷箝箪は、人口は少なかったが古来より優れた武術の息づく郷だ。

古代武術の由緒ある伝承者が守る地であったこともあり、戦が激しさを増してきた頃には辺鄙な土地でありながら、兵を出せと箝北の王から直々の使者が送られて来たのだった。


箝南の王は元々穏やかなお人柄。

望んで始めた争いでもなく、ただ力なき故に与する以外の選択肢を持たなかった北への助力は本意ではなく、ましてや箝箪の武術は国の伝統、古来の宝。

我が君は古代武術の担い手が減る事を大層危惧しておられた。

領土や権力より、文化や学問を国の財産と何より重んじ民を慈しむ、そんな王を我々民も慕っていた。


しかし箝北の王の使いは脅迫めいた言葉で箝箪の民を脅した。

我々の武術は派手さより堅実さを重んじている。

目立たず騒がず、相手に悟られぬように近付き確実に討つ。

つまりは戦という派手な隠れ蓑の影で、敵国の主要人物を暗殺せよとの命令に、ご丁寧にも従わねば箝南も敵と見なすとの一文をつけてきたのだ。


三日三晩、皆で話合った。

古武術は確かに箝北の狙いを達するに非常に適してはいるが、伝承の目的は今やそんな血なまぐさいものではない。

ただ、その優れた技を後世に守り伝えることが全てであった。

しかし、そうも言ってはおれぬ。


我らが従わねば国の存続も危うくなる。

北に加担しているとは言っても、箝南の国は僅かな資源と人員を提供することがやっと、北の温情でなんとか体裁を保ってはいるが、何かあらば一掃されてもおかしくない、それほどに国力に差がある。


結局、伝承者の一番弟子である私と数名がその任に就くことになった。


もちろん他の男達も戦地へ駆り出された。

箝箪に残されたのは伝承者と戦力にならぬ数名の男の他、女子供のみ。

既に父は他界し兄弟もなかった私は体の弱い母を置いて行くことに迷いはあったが、戦さえ終われば直ぐに郷に帰ることができると言う使者の言葉を信じ後ろ髪を引かれる思いで故郷を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る