人は数多の死を経験して生きていく

飲み会は意外にも盛り上がった。


酒場での一次会を終えたあと、二次会のバーでのしっとりした飲み会、三次会での女の子が多くいる店での飲みがあった。


金の全てはブレイ──ブレイアル・グリーザスが支払ってくれた。相当な量のお金を持っているらしく、これだけ払ったのにまだまだお金に余裕があるそうだ。


「うーー、飲んだー」


「久しぶりにハシャいでしまったぜ」


「明日二日酔いだ…………」


時間は既に真夜中、街の中は飲み屋や風俗が営業している繁華街以外は既にお休み。人が歩いている気配なんてない。


俺ちゃんたちは現在、日中ならば多くの街の人で賑わっているであろう広場にやってきている。全員飲みすぎたせいでテンションが上がり切り、何故か知らないが上半身裸になっている。


多分さっき行った女の子がいっぱいいるお店が原因だ。確かあの店を出る時から俺ちゃんたちは上半身裸になっていたはず。


俺ちゃんは広場の噴水の中に頭を突っ込んで酔いを覚ましている。噴水の水は掃除が行き渡っているらしく、頭を水の中に突っ込んでも気持ち悪さがない。医学的な根拠は一切ないが、酔った後はシャワーを浴びたりすると良いって聞いたことがあるからこれも意味があるのだろう。


「この後…………どうする?」


水面からわずかに顔を上げて、各々の形で休んでいる二人に声をかける。ブレイアルは地べたの上で大の字になって寝ており、ロイエンはベンチの上で寝ている。


「テメエ宿ねえだろ?だから取り敢えず俺のところに来い。そして、四次会だ」


一番飲んでいるはずのブレイアルが何故か一番元気だ。今も四次会する気満々で目がキラキラしてやがる。


「どんだけ飲むんだよ」


俺ちゃんは噴水から顔を上げると、フラつきそうな体を必死に支えて立ち上がった。


この世界に20歳未満はお酒を飲んではいけないってルールがないから調子こいて飲みすぎてしまった。元の世界の国と違うからハメはずしすぎた。


「取り敢えず飲めるだけ飲むんじゃないの?」


ロイエンもベンチから起き上がり、大きく体を伸ばした。


「取り敢えず楽しいから僕も参加させて……………誰かこっちに走ってきてる」


突然、ロイエンが俺ちゃんたちが入ってきた方とは違う広場の入り口に視線を向けた。俺ちゃんにはよく聞こえないが、彼の耳には足音でも聞こえているのだろう。どんだけ耳が良いんだよ。


「何?酔っ払い?…………あー、たしかになんかイガイガする気配とオドオドした気配がこっちにきてるわ」


ブレイアルも立ち上がってロイエンと同じように入り口に視線を向ける。


俺ちゃんもよくわからないがそちらに視線を向ける。最初は何も感じなかったが、時間が経つにつれて足音が聞こえ始める。これが多分ロイエンが感じていた足音なのだろう。


「た、助けて!!」


足音の主は俺ちゃんよりも少し年下な女の子だった。何かに追いかけられているのか時折後ろを振り返っている。


「なーんか、ヤバそうだねー」


これは絶対に面倒なことにやるやつだ。


薄紫の髪色の少女は俺ちゃんたちの存在に気がついたのか、大声で助けを求めながらこちらに向けて走ってくる。服装は何故か知らないが寝巻きだ…………なんでだ。


「た、助けてください!!追われて────」


ある程度の距離まで少女が近づいてきたかと思ったら、彼女は突然立ち止まり、驚愕の表情で俺ちゃんたちを見ている。なんというか、絶望的な状況から救われると思ったら別の絶望的な何かに遭遇したって顔だ。


「へ、変態だー!!!!」


悲痛な叫び声であった。


あーそっかぁ、俺ちゃんたち現在上半身裸だったわ。そんなのが三人真夜中の広場でたむろってるんだから変態に見間違えられてもしかたねえな。いやー、反省反省。


「おい、言われてんぞハラン」


「三人平等に言われてんだよブレイ、俺ちゃんだけに負担を押し付けてくるんじゃねえ」


少女は俺ちゃんたちに驚きすぎて後ろに向けて走り出そうとしたが、すぐさま追われていることを思い出して足を止めた。


「え?ええ?ええ???」


どうすれば良いのかわかっていない様子だ。この広場から出るには俺ちゃんたちの横を通過するか、戻っておってきてるやつの真前を通るしかない。


前門の変態、後門の追跡者。


彼女はどちらを選ぶのだろうか。


「お?おお?え?えええ?」


首を前後に激しく振りながらどうするのかを真剣に考えている。その様子は凄まじく面白かった。表情の中に恐れと驚きと戸惑いの三つが綺麗に入り混じっている。彼女の感情は今頃ぐちゃぐちゃだろう。


「変態でもいいから助けてください!!」


そしてこちら側に走り寄ってくるとすかさずロイエンの背後に回って怯えながら抱きついている。本能で誰が一番イケメンなのか察したのだろう。


「落ち着け、何があった。僕たちに教えてもらえるか?」


優しい声音で、迫ってくる追跡者を気にしながらロイエンが少女に話しかける。


「よ、夜眠ってたら突然家に人が侵入してきて………それで、それで私は逃げ出せたけど、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが捕まったんです!!」


なるほど、誘拐事件か。だとすれば追跡者は彼女の家にやってきた奴らなのだろう。


ちょっと気合入れる。特にブレイアルは戦闘準備を既に完了しているのか、目つきが先ほどまでとは少し違う。明らかに獲物を狙う化け物の目だ。


「詠唱……前から魔法が飛んでくる!!」


世闇の奥底から炎の矢が飛んでくる。炎の矢は少女に向けて飛んでいくが、ブレイアルが片手で受け止める。炎の矢を受け止めたにもかかわらず、彼は顔色一つ変えはことない。それどころか炎を握り潰した。


「あれ……受け止めるのかよ」


「次が来る!ハラン、気を付けろ!!」


ボケッとしている俺ちゃんに対してロイエンからの注意が飛んでくるが、その時にはすでに遅かった。


先ほどの矢よりも高速で飛んできた魔法の攻撃が俺ちゃんの心臓を貫いた。










──バタリ


一言も喋ることなく、心臓を貫かれた波乱は仰向けに倒れた。肉体はピクリとも動かず、貫かれた肉体からはダラダラと血が溢れている。瞳孔は開き、口は馬鹿みたいに開いている。


即死だ。


経験則からブレイアルは判断した。少女を守ることに意識を集中しすぎていてしまった。そして彼は波乱が自己防衛手段を持っていないことを知らなかった。きっと持っているだろうと油断してしまった。


「チッ!」


次々と飛んでくる魔法攻撃を防ぐブレイアル、その顔には余裕が見える。波乱を殺されてしまったが、これ以上の犠牲は出さない。さっき知り合った仲ではあるが、それなりに楽しい時間を過ごせたので義理がある。


「………おやおや、簡単に死んでいただけると思ったのですが。予想外に強い方がいるようですね」


世闇の奥底から二人の男が姿を現した。一人はカソックに似た白色の服を着ており、残りの一人は粗暴な見た目だ。


「その子を私たちに差し出していただけませんか?その子は私たちの目的のために必要なのですよ」


カソックを着た男の、モノクルが特徴的な男は優しい口調で話しかけてきた。だがそれはあまりにも胡散臭い。


「うるせえ、いきなり攻撃仕掛けといてそれはねえだろ」


ブレイアルはいつでも襲い掛かれるように足に力を込める。だがそれに反応して粗暴な見た目の男も戦闘態勢を取った。


「君たちはこの子を攫って何をするつもりなのかな」


少女を背後に隠しながらロイエンは聞いた。彼は現在の状況に僅かながら戸惑っている。


「それを貴方に教える理由が────」


「ああ!!思い出した!!」


モノクルの男の声を遮ってブレイアルは大声を上げ、そして粗暴な見た目の男を指さした。


「テメエ最近話題になっている犯罪系ギルドの人間じゃねえか。賞金首リストに載ってたの見たことある!人攫いとか強盗とかそんな感じのことを金で請負ってる!」


「へえ、俺のことを知ってるのかい。ソイツは有り難えなぁ」


誇らしげに、そして不気味に粗暴な見た目の男は笑う。


「おっし、それならテメエをとっ捕まえて。もらった報償金でハランのやつを弔ってやるとするか」


「舐められたものを」


「ゲーニッヒさん、そこまでです。今回私たちが貴方に高い金を払って依頼したのはそんなことをさせるためではありませんよ」


モノクルの男が厳しい口調で咎めた。粗暴な見た目の男、ゲーニッヒも依頼人には逆らえないのかブレイアルの挑発に乗るのをやめた。


「それで、その子を渡していただけますか?」


「答えはノー、事情を知らない僕たちでもよくわかるよ。君たちにこの子を渡すわけにはいかないってね」


ロイエンもブレイアルと同様にいつでも戦えるように戦闘態勢を取った。背後にいる少女を守れるように意識を向けている。


「では仕方がありません。ゲーニッヒさん、依頼です。彼らを倒してください」


「なんだよ、結局戦うんじゃねえか!!」


ゲーニッヒと呼ばれた粗暴な男が固い手甲をつけた手で殴りかかってくる。元の距離は十メートル以上離れていたがそんなのは関係ない。僅か二歩で距離を詰めた。


まだブレイアルは反応できていない。見た目の粗暴さからは考えられないほどの速度を持つゲーニッヒはブレイアルの様子を見て内心ほくそ笑んだ。


大きな口をきいてたが、足した実力ではない……と。


だが。


「それが限界か?」


ゲーニッヒが殴るよりも早く、ブレイアルの右手がゲーニッヒの顔面を鷲掴みにした。いわゆるアイアンクロー状態というやつだ。


鷲掴みにされた顔面からは骨の軋む音が聞こえる。無礼あるの指が顔の肉どころか骨にまでめり込もうとしている。


「あ、ああぁあ!!!」


激痛のあまりゲーニッヒが情けない声を上げる。


確実に反応できていなかったはずだ。それなのに攻撃されているのは自分。ゲーニッヒにはなぜこんな状態になっているのか理解ができなかった。


「お前は多分、俺が反応できなかったと思ったんだろ?………でも違う。正解はわざと反応しなかったんだよ、お前の油断を誘うためにな。そしたらこんなに簡単にお魚が釣れたよ」


二メートル以上ある筋肉が詰まったゲーニッヒの重厚な肉体が軽々しく持ち上げられる。


「やめろ!やめろ!!」


ゲーニッヒは攻撃を振り解くために必死なって両手から魔法攻撃を発動させ、ゼロ距離でブレイアルに直撃させる。


だがそれでもブレイアルはびくともしない。それどころか先ほどよりも指先に込められている力が上がっている。


「どうした?魔法のクオリティが下がってるぞ。さっきみたいなのはどうした」


「………さ、流石はグリーザスか」


ブレイアルの戦闘を見て、ロイエンは思わず呟いてしまった。グリーザスという家の名前は有名であるが実際に戦いを見たのは初めてだったからだ。


「グリーザスだと!?」


「ふざけんな、こんな場所にグリーザスがいてたまるか!!戦場にいやがれ!」


悲痛な叫び声が上がる。それほどまでにグリーザスという家は有名らしい。


先ほどまで悠然とした態度をしていたモノクルの男でさえ、突然のグリーザスの出現に動揺を隠し切れないでいる。


ゲーニッヒはブレイアルの右腕を掴んで引き離そうとするが、彼の腕はぴくりとも動かない。


「あー、でも死体処理が面倒だな。俺今酒飲んで気持ちが良いからそういうことしたくないんだよね」


ブレイアルの中ではすでにゲーニッヒを殺すことが決定している。酒を飲んで気持ちが良くなっていたのにそれを邪魔されたからだ。


「………あ?」


突然、ブレイアルがゲーニッヒを掴んでいた右手の拘束を解き、後ろに下がる。


その瞬間ブレイアルの腕があった位置を何者かが切り裂いた。もしもブレイアルがゲーニッヒを離していなければ今頃彼の腕は宙を待っていただろう。


「………ああ、テメエか」


襲いかかってきた男はいつのまにかゲーニッヒを回収してモノクルの男の隣に立っている。ロングコートで体を包み、顔がわからないようにフードを被っている。


「……助かりました。貴方がいなければ私たちは──」


「戻ります。あれの相手をここでするのは無理です」


ロングコートの男は素早く魔法を発動させる。ブレイアルとの戦いを避けているようだ。


「おい逃げんのかよ、久しぶりにあったっていうのによう!!」


ブレイアルが先ほどまでとは打って変わって楽しそうにしだした。どうやら彼とロングコートの男は知り合いらしい。


「誰が貴様と戦うか!!」


魔法から放たれる閃光と煙幕が視界を塞ぎ、不快な音が足音を消し去る。


ロイエンはとっさに少女の服を掴んでこの隙に彼女が連れ去られないように注意を向ける。耳も目も使えないために魔力を感じ取るしかない。


彼の心配は杞憂に終わった。


襲撃者は少女を連れ去ることなく大人しく立ち去ってくれた。


ブレイアルは周囲に視線を向けて警戒を行っているが、すぐにやめた。不機嫌だと言いたいのか、眉間にシワが寄っている。


「逃げた?」


「ああ…………あの野郎、次会ったらボコボコにして連れて帰る」


ブレイアルは近くに置いてあった自分の上着を拾うと漸く着た。今の今まで上半身裸だった。服を着る間もない出来事であった。


そして近くに落ちてあった波乱の衣服も拾うと、既に動かなくなった波乱の死体にそっとかけた。


「あの……すいません。私のせいで仲間の方を死なせてしまって」


自責の念にかられ、申し訳なさそうに少女が声を出した。彼女がこの場に来なければ波乱は今も元気だったはず、それなのに彼女がきてしまい巻き込まれたから死んでしまった。


「気にするな、そういう運命だったんだろ」


ブレイアルは死ということに関してドライなのかもしれない。


「こいつのする異世界の話面白かったんだけど──」




「ああああ!!!!!死んでタァ!!!!!!」


大きな叫び声と共に死んでいたはずの波乱が起き上がった。彼の胸元には今も痛々しい穴があり、普通ならば死んでいるはずだ。


それなのに彼はピンピンと元気にしている。


「何が起きた!」


突然起き上がった波乱にこの場にいる全員が困惑する。死んでたはずの人間が蘇った。そんな普通ならば起きないありえない出来事が目の前で行われた。


全員が先ほどまでの悲しい雰囲気が嘘みたいに目を見開いて驚いている。


「お、お前が死んだ」


「いや、それは知ってるし慣れてる。だからその後に何が起きたのかを聞いているんだよ」


「慣れるんじゃねえよ死ぬことに」


「馬鹿野郎、俺は今まで多くの死を経験して生きてきたんだよ」


普通そういう多くの死というのは他人の死のはずなのだが、彼にとっては自分の死が経験らしい。


「と、取り敢えずここから離れようか。彼らの仲間がやってくるかもしれない」


「そ、そうだな。俺の泊まってるホテルに行くぞ。そこなら安全だ」


「おうよ!!」


混乱しながらも冷静に判断する二人とそれに乗る波乱。


「君も、ついてきて──」


ロイエンが後ろにしがみ付いている少女に確認を取ろうとしたとき、彼は衝撃的なものを見てしまった。


「き、気絶してる!」


そこには波乱が生き返ったことにビックリしすぎて白目を剥いて気絶している可憐な少女がそこにはいた。

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