流されてどこやねん


『魔法って、何すか?』


これはいつ頃の記憶だろう。


ていうかコレなんだ、走馬灯か?


『変わったことを聞くんだねぇ』


やっぱこれ走馬灯だ、通算何回目の走馬灯だよ。八回?……いや、確か九回目だ。


普通の人生だったら一回あるかないかの貴重な体験だっていうのに、僅か18の年齢で通算九回だよ。


馬鹿じゃねえのか?


『いや、聞くだろ。魔法なんて最近知ったばかりなんだからさ。俺も御伽噺の中のモノと思ってたんだから』


いやー、それにしてもアレですね。走馬灯って慣れると客観的に見れる様になるんですね。


この記憶は確か、中学校に上がったばかりの頃だったかな?これよりちょっと前から厄介ごとに巻き込まれ始めて、母親と義父との関係が悪化してきたんだっけ?


そして、この人と出会い、魔法を教えてもらった。


『そうだな、あたしも深く考えたことはない。だがこれだけは言える』


思えば、これから巻き込まれる内容が激しくなってきたような気がします。


『魔法って言うのは──』








「ブェッハァ!!」


口の中に溜まっていた海水を吐き出すと同時に、俺ちゃんの意識は走馬灯から現実世界に引きずり戻された。


「はぁ、はぁ」


大量の海水を吐き出したことでガラ空きになった身体に大量の空気が流れ込んで来る。


「空気が気持ちいいい!!空気が美味しい!!空気だけでご飯三杯はいける気がする!!………いけねえな!!」


口の中の塩っぱさを気にしないように取り敢えず騒いでおく。


そして周囲を見回して今現在俺ちゃんが何処にいるのか確認する。


「……何処だよ、ここ」


万丈波乱、流されてアイランド…………じゃねえな。普通に大陸だ。地平線の彼方まで大地が続いている。


「いや、マジで何処なんですか……ここ」


俺ちゃんが今いる場所は何処の土地の何かの砂浜、体がビショビショに濡れていることからどうやらこの砂浜に打ち上げられてしまったらしい。


何故こうなったのか、記憶を辿る。


「ああ、そっかここ異世界か。呼び出された初日にあんな目にあったから忘れてたわ」


思い出した、思い出した。確かあの夜、俺ちゃんはあの綺麗な暗殺者に襲われて、ブッスブッスとナイフで攻撃されたんだった。


それで川に落ちて………流されてこの海岸に打ち上げられたんだな。


どれくらいの時間流されてたんだろうか、全くわならない。


「内ポケットに突っ込んでたお金は無事、ここが何処かわからねえ……せめてこの金が通用する国であってくれよ」


この状況でお金でなくしていたら本当にどうしようもなかったのかもしれない。


「取り敢えず、歩いてどっか人がいる場所に行かねえとな」


空を見上げても、初めて見る空だから位置も方角も全くわからねえ。見慣れてる空だったらわかるのかと言われたら、それはそれでわからない。


周囲を見回しても街は…………あった。地平線の彼方、ちっちゃくだが人工物が見える。恐らくは街だろう。きっと街だ。


「街がある。人がいる。飯がある。寝床がある………キャアッホォーー!!」


全力で街に向けて走り出した…………水を吸った服、重ッ!!










二時間後、俺ちゃんは無事に街の中に入ることを許された。


街にはいるためには自分の身分を証明する。もしくは税として入場料を払う必要があったので、素直にお金を払った。


あの野郎はそれなりの金額を渡してくれたみたいだな。ありがてえ、それだけはありがてえ。


街は其れなりに栄えている。煉瓦造りの家が立ち並び、多くの人が道路を行き来している。


元の世界とは違った形で文化が進化していると思ったけど、そうでもないのかな?それともこの村が田舎すぎてそこまで発展してないのか?


「まあ、文化とかよくわからねえ。しかし、俺ちゃんは腹が減る。だから飯を食べよう」


腹が減ってしまった。取り敢えずは飯を食べよう。どれくらいの期間漂流していたかわからねえが、かなりの期間飯を食べていない。てかこの世界にきて飯食べたっけ?


取り敢えずは美味しい匂いのする方向に進もう。金に関しては心配する必要がない。まずは腹を満たそう。先のことはそれからだ。







「いらっしゃいませー」


取り敢えず一番美味しそうな匂いがした店に入ることにした。


店の中は活気に溢れており、ほぼ満席状態になっている。


店の内装は………簡単にいえば、ファンタジー世界でよく見る酒場……集会所?武装した人間達が楽しそうに飲食していやがる。


「何名様でしょうか?」


可愛らしい給仕服を着た、これまた可愛らしい顔をした女性が話しかけてきた。


「一人です」


「只今、店内が非常に混雑しておりまして………相席でもよろしいでしょうか?」


申し訳なさそうに聞いてくる………可愛い。


ちょっと困り顔なところが可愛い。こうやって男の客を良い感じに乗せるんだろうな…………乗っちゃう!!


「大丈夫ですよ、案内してください」


まあ、相席だからといっていきなり変な奴には当たらねえだろ。


「少々おまちください」


相席の許可を客に取りに行ったのか、ウエイトレスは何処かに向かって行った。


そして一分もしないうちに戻ってきた。


「許可が取れました。ご案内します」


案内する店員の後ろをついていく俺ちゃん、それにしてもマジで混雑してるな。


ウエイトレスに案内されたのは四人がけのテーブル席、そこには男が一人だけで飲み食いしている。


既にある程度食べているのか、テーブルの上には幾らかの皿とジョッキがおかれている。


「此方の席にどうぞ」


ニコリと笑って席を勧めるウエイトレス。一礼をした後にそそくさと別の業務にうつっていった。


後ろ姿も可愛い。


さてと、それでは相席させてもらいましょうか。


「失礼しまーす」


「おう、よろしく」


初対面の印象は強えなあって感じ。


ジーンズに黒色の……ライダースジャケットかな?この世界にもライダースジャケットがあるんだね、驚いたよ。筋肉質の肉体だからまあ、似合う似合う。


短めの金髪を整髪料かなんかでオールバックに整えている。


ワイルド系のイケメンといったところだろう。近年の俳優では見ない顔だ。


「……なあ」


少し低い声で、金髪の男は話しかけてきた。


背もたれに体重を預け、気だるそうにしている。


「……なんすか?」


「面白い話してくれよ。面白い話してくれたら、奢ってやる」


こいつ初対面、ましてやただ単に相席しただけなのにトンデモナイ無茶ぶりしてきやがったよ。


「無茶ぶりだな……それに答えてあげた方が良いのか?」


「答えてくれたら、俺がちょっと嬉しくなる」


ふふっと笑ってはいるが、金髪の男は非常にやる気がなさげだ。多分これ話したところで絶対に食いついてこない。


ていうか異世界に来たばかりだから面白い話なんて一切ねえよ。元の世界の話したところでこっちの世界とギャップがありまくりで面白くねえよ。


「まあ、奢ってもらえるならいいか…………そうだな、俺ちゃんこう見えて異世界からやってきたんだけど──」


「気に入った!!!!俺始めてだぜ、話の始まりが『異世界からやってきた』なんて! 俺は初めてだ!!」


なんだこいつ、話して十秒もしないうちに合格もらっちゃったぞ。ゲラか?こいつはゲラなのか?今の俺ちゃんの話のどこに面白い要素があったんだよ。


「 良いね、良いじゃん。俺気に入ったよ。好きなだけ、食いたいモノ、飲みたいモノを頼んで良いぞ。金はいくらでもあるからな」


だろうな、男の目の前には大量の食べ終わった皿が積み重ねられており、其れなりの金額を持っていることがうかがえる。


「それじゃあお言葉に甘えちゃったりしますけど、後でやーめたなんてなしだぜ」


「勿論んなことは言わねえよ。こちとら約束事が重要なご職業なさってるんでね。安心しなー」


ぐびぐびと酒を飲みながら、男は壁にかけられてあるメニューを指差した。


壁にかけられてあるメニューの数々はわけのわからない言葉で書かれてあった。


都合よく文字がわかるようにはなっていないのか。凄まじく不便だな。アフターサービス悪すぎねえか。


「悪い、読めねえからなんか適当に頼んでよ。あ、酒は飲まねえからな」


「ああ、そっか異世界人だもんな読めねえよな。じゃあ適当に頼むぜ、すいませーん!!」


男はウェイトレスを呼び止めて注文を行った。


「で、だ。聞きたいんだが、何処の国がお前を呼んだんだ?」


奢ってもらう代わりに情報を提供する必要があるようだ。まあ、話した所で対した問題はねえだろ。


「確か……ゼ……ゼ……ゼウルガルド?」


よく思い出せないが、多分そんな感じの名前だったと思います。


「やっぱりゼウルガルド帝国か…………となると性欲皇帝がぶっ倒れたって話はマジなのか……」


なんかとんでもねえ発言が聞こえたきがするが、今は無視しておこう。


……性欲皇帝?どんなあだ名だよ。77皇女がいるんだから納得できる気がするぞ。


「詳しい話を聞こうとしても無駄だぜ、なんせ俺ちゃんは召喚されてすぐに城から追い出されたからなぁ!!」


今思い出しても俺ちゃんムカついてきたよ。テロリストでも誘拐してきた奴に対してはもうちょっと丁寧な扱いしてくれると思うよ。


「その辺りは期待してはいねえよ。たまたま酒場で相席になった人間から国家の秘密が聞けるとは思ってねえよ」


男はビールの入ったジョッキを空にして、テーブルの隅に置いた。


「で、なんでここにいるんだ?この街はゼウルガルドの首都から南にかなり離れているんだが」


かなり離れている?ということは俺ちゃんはかなりの時間水に流され、漂流していたことになるな。 


「知らねえよ、川落ちて漂流して、気がついたらこの街の近くの海岸に流れ着いてたんだよ」


「なんだそれ、バカみてえな話だな」


でも現実なんだよなぁ。


「つーか、この街って何処の国のなんて街?俺ちゃん川から流れてきたから何もわかんなーい」


マジでここ何処?本当に何処?


「ちょっとムカつく言い方だが教えてやろう。ここはゼウルガルド帝国南部、漁業で有名な街『アルルノ』」


帝国南部ってことはギリギリ帝国内部なのだろう。


「帝都から結構遠い?」


「まあ、この国結構広いからな。それなりに遠いな。小さな国なら横断できるくらいには離れてる」


となると、結構流された?川の流れの激しさはわからねえし、ざっと考えて少なくとも三日は流されたかもな。


「お待たせましたー!!」


元気の良い声と共に、可愛いウェイトレスさんが食べ物を運んできた。


それは前の世界で見たことあるモノから見たことのないモノまで様々。


「イイじゃん、良いじゃん、凄いじゃん。いただきまーす」


久しぶりに腹に入れるご飯はとてつもなく美味しかった。何処かで食べたことのある味から、感じとこのない美味しさまで様々だ。


「旨え、旨え」


一緒に持ってきてもらったりんごジュースも最高だ。胃の中を必死に潤してくれる。


「良いぞ良いぞ、たらふく食え。金はたんまりとあるんだよ」


気分をよくして、大きめのジョッキに入ったビールを一気に煽る男。育ちが悪いわけではない。寧ろ良い気がする。だが隠す気がないほどの野蛮さが出てしまっている。


「あの……申し訳ありません」


楽しくしていると、申し訳なさそうな顔をしたウェイトレスさんがやってきた。


煩くしすぎて、周りに迷惑をかけたか?だが周りも俺ちゃん達並みに騒いでいる気がするけど。


「どした?」


「申し訳ないのですが……もう一人相席してもらってよろしいでしょうか?」


俺ちゃん達は今四人がけのテーブルを二人で使ってるから、あと一人来た所で問題はない。


金髪の男は俺ちゃんに視線を送り、どうするか無言で聞いて来る。


肯定の意を伝える為に、一度だけ頷いた。


「ああ、オーケー………構わないぜ」


「ありがとうございます!!」


ウェイトレスはお礼を述べると直様客を呼びに行った。そして一分もしないうちに客を連れて戻ってきた。


やってきたのは一人の男、サングラスをしているからよくわからないが多分年齢は俺ちゃんと同じくらい。背丈も高めで灰色の髪に若干のパーマをかけているのか?オシャレな髪型をしている。


というかサングラス越しでも分かるくらいイケメンだわ。俺ちゃんと彼どちらがイケメンか問われたら、彼って答える。


「おう、気分がいいから奢ってやるよ。好きなものを頼め」


「ならばお言葉に甘えさせてもらうとしよう」


金髪の男は灰色の髪の男にメニューを渡した。灰色の髪の男はメニューを受け取ると何を頼むか確認した後にウェイトレスの女性に注文を告げた。


「いやぁ、今日は面白そうな奴らと相席できて俺は嬉しいぜ…………よーし、ここらで自己紹介といきますか!!」


合コンの初っ端みたいなノリで金髪の男が提案してきた。既にかなりの量の酒を飲んでいるらしく、顔がかなり赤い。それでも単に意識が昂っているだけで酔い潰れそうな様子はない。


「俺の名前はブレイアル・グリーザス。ブレイと呼んでくれい!」


ブレイアル・グリーザス、こちらの世界ではそれがどれほどの名前かよくわからない。田中一郎みたいな普通の名前なのか、それとも非常に珍しい名前なのか。


「グリーザス?……グリーザス!?マジであのグリーザス、しかも堂々と名乗るってことはそういうことか?」


イケメンがグリーザスという名前に反応を示した。つまりグリーザスという家名はこの世界ではそれなりに有名なのだろう。


「なんだよ、そのグリーザスっていう家は?」


「え?君は知らないのか?ギルドの運営に関わっている傭兵の一族だ。しかも、グリーザスって名乗ってるから彼は相当の実力者。あの家は強くなければ家名を名乗ることを許されないらしいからねえ………でも、なんでグリーザスを知らないんだ?どこの田舎でも聞いたことはあると思うんだけど」


イケメンはグリーザスという家について丁寧に説明してくれた。その説明で俺ちゃんはなんとなく理解することができた。


「知らねえのも無理ねえよ。そいつは異世界から来たらしいから。まあ、嘘か真か俺は知らねえんだけどな」


「異世界?異世界……………ハハハ!!これは良い、グリーザスに異世界人か。偶にはこういった酒場に来るものだな。面白い出会いがある…………おっと、自己紹介が遅れたね。僕の名前はロイエン・ミットクルシュ。特技は歌や楽器を演奏することかな」


「んじゃあラストは俺ちゃんで、名前は万丈波乱。万丈がファミリーネームで、波乱がファーストネームだ。故に波乱とお呼びくだーさい!!」


自己紹介を済ませたところで、テーブルにはロイエンが注文した酒と俺ちゃんたちがおかわりで注文したお酒が同時に運ばれてきた。


俺ちゃんたちはそのまま何も言わず酒の入ったジョッキの持ち手を掴む。


「うーっし!!乾杯と行きますか!!この一期一会に乾杯!!」


「かんぱーい!!」


「乾杯!!」


ジョッキを軽くぶつけて乾杯を行う。本当はこの方法は正しくないらしいが、そんなもの知ったことではない。こちらの方がこの場のノリにあってるのだからこの場ではこれが正しい。


これより数時間後、俺ちゃんは一つのトラブルに巻き込まれる。名前の本領発揮だ。

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