第50話あと一年で
はいっ! 本日4月2日はなんの日ですか?
そうです! 私、森ののかの誕生日ですねっ!15歳になりましたっ! シェレネに追いつけると思ったらシェレネも同じ日に16歳になっちゃいましたっ!なんで!
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ふわりと、窓からの風で金の髪が揺れる。
目を瞑っていたシェレネは、なんとなく気になって瞼を上げた。
普段はしていない口紅を塗っているせいか、少し彼女は色っぽく見える。
「はい、聖妃様、終わりましたよ」
にっこりと笑って、ララは鏡を彼女の前で持った。
「ん……ありが、とう……」
そう言って彼女は口元に手をやる。と、そこで――
「ララ! 我が妃の用意は終わったのか?」
雰囲気をぶち壊す天才が現れた。
せっかくいい感じの雰囲気だったのに。
「陛、下……?」
シェレネがウィルフルの方を振り返る。
その瞬間、彼は目を見開いた。
「っ……!」
見えたのは豊かな金の髪と、口紅でさらに赤みを帯びた可憐なくちびる。
光を宿さない漆黒の瞳。
人形のように表情を変えずこちらを見つめる彼女はまるでどこぞの御伽噺に出てくる王女だ。
「あー……そろそろ行こうか」
彼は、彼女を椅子からすくい上げた。
あまり、この可愛らしい姿を人に見せたくないなと思いながら。
今日は、シェレネの誕生日である。
「聖妃様、お誕生日おめでとうございます」
シェレネの誕生日を祝う夜会。ひっきりなしに挨拶にやってくる貴族たちと挨拶しながら、彼女はひとつ疑問を抱いていた。
「陛下……なぜ……私、は……陛下の……膝、に……乗せられ、て……いるんでしょう……」
「何か問題でもあるのか?」
問題大ありである。
「私の……椅子、は……向こうに……用意、されて……いますよ……」
「遠い」
断じて遠くない。
一番目立つところでこういちゃついているのだから、周囲の目線が生暖かい。
「聖妃様!」
そんな少し近寄り難い雰囲気の中を突破して二人の前までやってきた猛者がいた。
ロゼッタ・ヴィオラ・レスト。
レスト公爵夫人でシェレネの姪、そして従叔母だ。
「お誕生日おめでとうございます! もうここに来て二年だなんて早いですねえ」
「ええ……そうね……」
周りの人々が遠くにいて声が聞こえないのをいいことに、二人は仲睦まじそうに話し出す。
この状況に一番驚いているのはロゼッタの夫、クロフォードだろう。
貧乏伯爵家の出でいつもあんなに遠慮深く、誰かと話す時は作り笑顔なのに、こんなに楽しそうに王族と話しているのだ。
神同士なうえ親戚だから仕方がない。
「あら、ロゼッタ! 来てたのね!」
その公爵家と王家が話している時に、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
ちなみに言うが普通割り込みは厳禁である。
「クリスティン……」
「聖妃様、お誕生日おめでとうございますー!」
到着したのはクリスティンとバジル、アランドル、そしてナイチンゲール。
正式な場だからとみんな着飾っている。
だが知人たちを前にして気が緩んだのか、クリスティンはむっとした表情をした。
「なんて窮屈な服なのかしら。こういう場はこういう格好をしないといけないから嫌いだわ……」
「すぐ帰るんだから我慢してくれ」
隣で聞いていたバジルがため息をつく。
すると彼女は納得したように頷いた。
「それもそうね。あ、私あそこのお菓子が食べたいわ。失礼しますわね、聖妃様」
美しくて完璧な公爵令嬢は、知人の前ではこうなるらしい。
まぁ神だから仕方がない。
「……妹が無礼を……」
去っていった四人を呆然と眺めていたクロフォードは、やがて再起動してシェレネに頭を下げた。
だがウィルフルは咎めることなく笑いだした。
「無礼などと思ってはいないぞ。クリスティンは我が妃と仲がいい。誰も聞いておらぬのだから気にする必要はなかろう」
彼が何に笑っているのかと言うと、この状況で八人の中たった一人だけ人間がいて、そして自分だけが人間だということに当人が気がついていないからだ。
いつの間にか周りを神で固められて面白いことになっている。
つられてロゼッタも笑いだした。
「あなた、も……大変ね……クロフォード……」
ただ一人、シェレネだけが笑わないで慰めてくれたが、そもそも笑えないので人数に数える必要は無いだろう。
「陛下、聖妃様」
夜会が始まって少し。
ほとんど全ての人が集まったその場に、白銀の王家が現れる。
「シェレネ様ー! お誕生日おめでとうございます! 二回目ですね〜」
紹介もそこそこに挨拶にやってきた闇の森の王族四人は、全力で自分の素をさらけだして頭を下げた。
「せっかくいつもの服装に戻れると思ったのに、ジャンがあの服はだめって言って着れなかったんです。さっきよりはましだけどやっぱりいやだわ」
「ジュリアったら……」
さすがに大量な人が集まるこの夜会に、あの服はまずい。
そもそも布がうっすら透けるものなのだ。
「それより、森で皆さんが準備して待ってますよ。いつでも来てくださいね!」
クリスティンが、窓の外を指さして言った。
皆さん、とはシェレネのことが大好きな天界の神達だ。
この後森で彼らと宴をする約束になっている。
「そうだな。もう少ししたら抜けても良くなるだろう」
周りを見渡して、ウィルフルが答える。
それから、何かを思い出したように服の中を漁り出した。
「この時間に渡そうと思っていたのだ。我が妃よ、誕生日おめでとう」
そう言って彼は、シェレネの細い手首に可愛らしい腕輪をはめる。
「綺麗……」
心做しか嬉しそうに、シェレネはそう呟いた。
「今年で十六か。あと一年、待てる気がしないな」
「待って、ください……」
そんな会話を聞いていたクリスティン達はその微笑ましい様子に笑みを零した。
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更新日ではありませんが今日どうしても投稿したかったので水曜日お休みしました。シェレネちゃんおめでとー!
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