第49話冬のおわりに

地下深くにある、冥王ハデスが治める国、冥界。ハデスの妃であるコレーは――今はペルセフォネだが、その冥界ではなく地上にいた。


「イース、六等分の包帯取って」


「了解」


小さな村にあるその診療所は、ありえないほど賑わっている。その中心にいるのは、正体不明の天才医師。年に数回しか顔を出さない変わり者。人呼んで白衣の天使。


「はい、できました。これぐらいの傷ならすぐに治るわ。三日ぐらいだったら一度最寄りの診療所でみてもらってね」


にっこりと笑って患者を見送ったのは、紛れもない。花と春の象徴、コレーである。彼女はその豊かな金の髪を二つに結って、白いワンピースを着ていた。顔の大半も布で覆われているので、コレーだとはまず思われないだろう。そもそも彼女は滅多に神の姿で人界に出ない。


「ニア、そろそろ五等分の包帯がなくなりそう」


「今作ってます!」


コレーは暇だから、やることがないからとたまに人界に降り、この診療所で医師をやっている。趣味でやっているには腕が良く、彼女が気まぐれで診療所にやってくると、こんな辺鄙な村に長蛇の列ができるのだ。


「次の方〜」


ふわふわとした声が診療所に響く。そんな彼女を微笑ましいというような顔で見ているのは、医師イース。この診療所の主である。腕はコレーの方が上なので、彼女のことは尊敬しているが、外見の年齢が明らかに彼の方が上なので少し妹を見守っているような気分になるのだ。


「山で手がかぶれたみたいで……」


「なるほど、なにか心当たりあります?」


患者一人一人に丁寧に接するから、自然と時間が経っていく。昼過ぎ頃になってもその列は一向に減る気配はなく、むしろ増えていっているようだ。


「ニア〜、今日の診察は締切ってくれる? 暗くなる前には帰らなきゃ」


そう言われて見習い医師のニアは外に駆け出して行った。



「ペルセフォネ」


「なんですか?」


久々の人界から帰ってきて寛いでいたコレーの所に、ハデスがやってくる。


「今日は一日姿が見えなかったがなにかしていたのか?」


「あ、あはは、アスポデロスのお花たちにさよならを言いに行ってたんです。もう帰らなきゃだから」


誤魔化すように笑って、彼女は飾ってあった花で遊び出す。彼女は、医師をしているということをシェレネたちディアネスの神にしか伝えていない。天界では誰も彼もが彼女に過保護すぎるからだ。


「そうか……」


ハデスが、彼女の傍に座って金の髪を弄り始める。


「もう天界に帰ってしまうのか……」


「うん……」


少し寂しそうに、彼はため息をついた。そんな彼を見て、彼女はにっこりと笑う。


「またすぐ遊びに来ますよ」


母であるデメテルの、気が収まれば。


「ああ。いつでも待っている」


ぎゅっとハデスに抱きしめられたコレーは、物憂げに虚空を見つめてから瞼を伏せた。



「忘れ物はない、よね……」


翌日の昼下がり。冥界の神々は、仕事の手を一旦止めてコレーを見送りに来ていた。傍には彼女を迎えに来たヘルメスがいる。


「行ってしまうのか」


「そろそろ帰らないとお母様がまた真冬にしてしまうから」


子供のような母親を思い浮かべて、少し笑うコレー。今もさぞかし自分を心配していることだろう。そう思うと、なんだか少し嬉しくなる。愛されているんだな、と。


「ペルセフォネ……次に正式に会えるのは、半年以上先なのか……」


彼女の手を握って、ハデスは笑った。


「また会える日を楽しみに待っている。――愛している」


「うん……」


コレーは、彼らに背を向けてゆっくりと歩き出した。陽の光がだんだん近づいてくるに従って、その眩い金の髪はよりいっそう輝き出す。


「愛しい私の目も眩むような光ペルセフォネ


彼がぼそりとそう呟く頃には、衣を真っ白に染めた春の象徴が地上に足をついていた。



「陛下、陛下!」


部屋に帰ってきたウィルフルに、シェレネは嬉しそうな顔をして振り向いた。


「あのね、あのね、」


「うん?」


はしゃぐ自分の妃が可愛らしくて、彼は少し微笑む。


「お花がね、咲いたんですよ!」


―――――――――――――――――


今冬最後の診察と冬のおわりと、春の訪れでした。うちのハデペルは行ってきますしたので今日から春です(((

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