第25話似合わない

「くっ……ふっ……へ、陛下、陛下のことをくっ……笑う許可をいただけませんかっ……」


笑うのを必死で我慢しながらジャンはウィルフルにいった。


「許可しなくても笑うだろう」


「そうですね。傑作ですよ」


滅多に笑わないジャンのここまで笑っている顔を見たらシェレネはどう思うだろうか。

クリスティンは見たことがありそうだが、一回程度だろう。

どちらかというと彼女の前では"微笑む"という感じかもしれないし。


「国王を笑った罪で処刑してくれようか」


「俺は神なので死にません」


ウィルフルは小さく舌打ちする。

それから、何かを思いついたかのようににやりと笑った。


「ちょっと来い」


「何ですか?」


何かわかっていないジャンを連れて、彼は歩き出す。

そしてジャンを小さな部屋に押し込むと大きめの布を引っ張り出しジャンにあてた。


「私だけ着るからいけないのだろう。お前も着ろ」


「なっ……」


ジャンは、ウィルフルの言ったことにそむけない。

なぜなら、ジャンはウィルフルを尊敬していて、彼にとって国王の彼への言葉のすべては命令だからだ。

命令ではなくても、彼にとっては命令なのだ。


「なぜ俺が……」


文句を言いながらも着替えるところが真面目なのだと思う。


姿見を見たジャンは、盛大なため息をついた。

横ではウィルフルが片手で顔を覆って肩を震わせている。


「ふっ……人のことなど言えぬくらいお前も傑作ではないかっ……」


ウィルフルと同じく、ジャンにヒマティオンは似合わないらしい。


「このまま仕事するんですか……」


「妃に脱ぐなと言われた」


そういうところは律儀なのか。

仕方なくそのまま部屋から出たところで、二人はアランドルに出くわした。


「あれ、なぜそのような……?」


若干ウィルフルに怯えつつ、アランドルは不思議そうにそう言う。

だが、ジャンを見て笑いをこらえているようにも見える。


「せっかくだ。お前も着替えろ」


「なっ、陛下!?」


そのまま部屋に放り込まれたアランドルはウィルフルにヒマティオンを着せられ、そして二人から笑われていた。


「くっ……これほどまでに似合わんとはっ……!」


「どうして私まで……」


とはいえ全員全く似合っていないので、そのまま外に出るのを三人とも躊躇って沈黙が流れる。


「……行くか」


「そうですね……」


重い足取りで政務室に向かった三人は、後ろで女神たちが笑い転げていたことを知らない。



「陛下、こちらの書類を!?」


三人で黙々と仕事をしていたところにやって来た一人の官僚。

美青年たちのあまりにも色気のありすぎる薄着姿に、彼は言葉を失った。


「なんだ? 早く貸せ」


「はっ、はい!」


ウィルフルに書類を手渡した彼は、そそくさと政務室から出ていく。

王宮なんて数分で隅から隅まで噂がいきわたるところだから、今政務室に行けば珍しいものが見られるといううわさが広まり今日一日は政務室にたくさんの官僚が入れ代わり立ち代わりやって来たらしい。



「ふふふ、全然似合ってない」


「我が妃よ。それはあまりにもひどくないか」


「聖妃様、それは俺も対象に入っているんですか?」


「もしかして私も……?」


夕方になって、コレーのところから帰ってきたシェレネは政務室でまだ仕事をしている三人に向かってそう言った。

人払いをしてあるので、この神だけの空間で気兼ねなく話すことができる。

だから、このようにずっと笑っているのだ。


「ほかの女神さまも言ってましたよ。似合わなさすぎって」


「見ていたのか…… 悪趣味な奴らだ……」


文句を言いながらウィルフルは立ち上がり椅子に座っていたシェレネを抱き上げた。


「あれ? お仕事もう終わりですか?」


机の上に山積みになった書類を見て、彼女は不思議そうに尋ねる。

ジャンとアランドルはまだ仕事をしているのに。


「そんなわけがなかろう。まだまだあるぞ?」


「なら真面目にやってください」


呆れたようにそう言ってウィルフルの腕の中から抜け出そうとするシェレネだったが、足が動かないので彼が離してくれない限り降りることができない。


「陛下? 離してもらえないとお仕事できませんよ?」


「何を言う。大丈夫に決まっているだろう」


何が大丈夫なのか。

分からないが、シェレネを抱えたまま机に戻った彼は彼女を膝の上に乗せて再び仕事をし始めた。

布が薄いのと、上半身のほとんどは何にも覆われていないのでウィルフル体温が直接伝わってきてシェレネの頬が赤く染まる。

でも、それでもなんとなく、シェレネはウィルフルにもたれかかった。

大きな腕の中に包まれているせいか、だんだん眠たくなってきた彼女はやがて規則正しい寝息を立て始める。

自分の腕の中で薄い布一枚という無防備状態で寝ている愛しい人を見て、こらえきれなくなったウィルフルはそっと彼女の額に口付けを落とした。

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