第24話誰かに見せたくない

「我が妃よ。私は思ったのだが……」


早朝、会議から戻ってきたウィルフルは起きたばかりのシェレネに声をかけた。

なんだろう、とシェレネは小首をかしげる。


「暑くはないのか?」


「暑……く……?」


ディアネス神国は夏それほど暑くはならない。

海の向こう、ジルダー王国なんかは一年中半袖でいいくらいに温暖な気候だ。

だが大陸側、つまりディアネス神国などは薄手の長袖ぐらいがちょうどいい。

それでも夏は暖かくなる。


「うーん、そういわれてみればそうかもしれませんね……」


シェレネが着ているのは長袖のドレス。

確かに若干暑いかもしれない。


「でも去年もこれでしたし……」


そういったシェレネの手をウィルフルは優しく握った。


「倒れられては困る。最近暖かいだろう。三日ぐらいでいいからキトンにしないか?」


「キトン……?」


ほとんどの神々は、キトンを着ている。

エラは風変わりなドレスを着ているし、シェレネやウィルフル、ジャンやロゼッタなんかは軍服やドレスを着ているがそっちの方が珍しい。

だがシェレネはでも、と口ごもった。


「どうした?」


「そ、その、私キトンなんて正装の一枚しか持ってない……」


普段全くと言ってもいいほど着ない正装。

一年で二、三回着たか着なかったかぐらいだ。

だがウィルフルは少し笑う。


「サラに頼んでおいた。我が妃のドレスではない格好もたまには見てみたいと思ってな」


まったく用意周到である。


「そんなの毎日見てるじゃないですか……ね、寝るときに……」


「一日ずっと夜着でいるなんて、誰かほかの者に見られたらどうする」


多分そういうことではない。

あまりにも真剣に言われたので、彼女は少し考え込んでから交換条件を提示した。


「陛下も着てくれるなら着ます」


「私が!?」


驚いたようにウィルフルは声を上げる。

そんな彼を見てシェレネはにっこりと微笑んだ。


「私のドレスより陛下の軍服の方が暑そうです。他の団員の方はまだしも、陛下とクロフォード様とゼルディラン様は長袖の上着を羽織っていらっしゃるでしょう? それに私だって陛下がヒマティオン着てるところみたいです」


きらきらとした期待の目を、彼女は彼に向ける。

愛しい妃の頼みを彼が断われるわけがなく、彼は渋々了承した。


「仕方がないな……」



「サラ……? もう、動いていい……?」


「もちろん。お綺麗ですわ、聖妃様!」


サラに抱きかかえられ鏡の前まで移動したシェレネは自分のキトン姿を見てため息をついた。


「陛下、気に入って……くれるかな……」


窓からの風で布がふわりと揺れる。

真っ白な布で作られたキトンはもう半分近く漆黒に染まっていた。

扉の開く音が聞こえ、続いて誰かが入ってくる音が聞こえる。

いつものブーツの音ではない。

大理石を、素足が這う音だ。


「我が妃よ。これでいいのか? 全く似合っていない気がする」


「ほんとだ、全然似合わない」


いつの間にかサラが退散し二人きりになった空間でシェレネはくすくすと笑う。

ウィルフルの方はというと、自分の妃の愛らしさに悶絶していた。


「何を着ても似合うな、やはり誰にも見せたくない」


「そんなこと言ってたら何もできません。私は今からコレー様のところに遊びに行ってくるのでお仕事頑張ってくださいね!」


そう言って満面の笑みを浮かべたシェレネ。

付け加えるように彼女はもう一度口を開く。


「今日はそれでお仕事してくださいね? 私だって今の陛下を誰にも見せたくなんてないけど、政務室は男の人ばかりだからジャン様に思いっきり笑われてきてください!」


それを聞きジャンの存在を思い出したウィルフルはこの世の終わりのような顔をして仕事に向かった。


――――――――――――――――――


ちょっと二日に一回投稿だとあまりにも話の進みが早いのでこの作品は週二投稿に変更させていただこうと思います。すみません。水曜日と日曜日に更新します!

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