第21話髪麗しき女神
「ララ、遅いわね……」
1人になったシェレネはそう呟いた。
ララが出ていってから数分。
そんなに大事なのだろうか。
暇になったか彼女はおもむろにテラスの方を向いた。
何とか頑張れば、テーブルに手が届きそうだ。
「ここも……私の、部屋だし、外の空気を……吸わないと……息が……詰まる……」
声を出してみて彼女は気がついた。
一人でいるのに、ちゃんと話せない。
扉の向こうに誰かいるのだろうか。
「まあ……そんなこと……どうでも、いいわね……」
シェレネはソファーの上からテラスのテーブルに手を伸ばした。彼女の透き通った白い手が冷たい大理石に触れる。
テーブルが少し動いた。
「やったあ……」
彼女はそのまま手に力を込めてソファーからテーブルに乗り移った。
行儀は全く良くないのだが歩けないので仕方が無い。
そしてその向こうの椅子に乗り移る。
体勢を立て直し彼女はテラスの手すりを持って地面から1センチほど浮き上がった状態で一息ついた。
「風……気持ちいい……」
ふわりと黄金色の髪が揺れる。
そよ風が少しおさまった、その時である。
「きゃっ……」
背中を押される感触があった。
とても強く。
そのせいでシェレネは体勢を崩す。
その反動でテラスの床に一筋のヒビが入った。
「落ち……る……?」
くるりと上を向いて崩れていないほうのテラスの手すりをつかもうとするが、時すでに遅し。
そのままの状態で彼女は城の五階の自分の部屋から下へと落下した。
一番最初に気がついたのは、二階の部屋で他の官僚たちと仕事をしていたジャンである。
「聖妃様!」
短くそう叫んだジャンは、なりふり構わず窓から飛び降りる。
そして、それを見たアランドルも。
2人ともシェレネの方に思いっきり手を伸ばした。
何とかつかまろうとシェレネも手を伸ばす。
だが、伸ばした手は届かなかった。
地面が迫る。
シェレネは、ぎゅっと目を閉じた。
しかし、彼女はいつまでたっても地面にたたきつけられることはなかった。
おそるおそるシェレネは目を開ける。
「陛……下……?」
「よかった……愛しい我が妃よ……」
余程安心したのだろうか。
シェレネは、ウィルフルに抱きついた。
「陛下、陛下……」
彼は一瞬驚いたように目を見張ったがすぐにいつも通りの表情に戻る。
「よかった。下に陛下がいてくださらなかったら本当に危なかったよ」
「まったくだ」
無事着地したジャンとアランドルがほっと一息つく。
「でもバジル、あのまま手が届いたとしてどうするつもりだったんだい? あのまま引っ張り上げても神だってばれてしまうだろう?」
「そのまま抱えて着地すればいいだけのことだろう」
絶対に周りに聞こえないように小さな小さな声で二人は会話する。
二人は神だがそれを隠しているため気を付けなければならないからである。
自室に引き上げたシェレネはウィルフルしかいなくなったその空間でぽろぽろと涙を流し始めた。
「陛下、怖かったの。助けていただいてありがとうございます」
彼はそんな彼女を見て少し笑う。
「大丈夫だ。私がいるだろう? 犯人は何としても捕らえてみせよう」
彼の手がシェレネの豊かな金髪に触れた。
ゆっくりと大きな手が彼女の頭を撫でる。
その手があまりにも優しくて、ほっとした彼女はそっと眠りについた。
後日、バジルとアランドルは聖妃様と自分の嫁のためなら簡単に命をかけられる人だといううわさが王宮中に広まることになる。
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