第8話恥ずかしいから言えない。
「さて」
ウィリアムが呟いた。
彼は少し笑う。
「シェレネ姫は考え直してくれるかな。僕の方が彼女を幸せにできる。なんとなく流されて納得させられているだけなんだよ」
そんなことを誰かに聞かれでもすればいくら他国の王子といえどもウィルフルに殺されかねないのだが、彼は気にしない。
「さすがにこれには国王陛下も言い返せないよね。だって事実なんだから」
そう、ここが問題なのだ。
ウィルフルは言い返すことが出来ない。
そうなれば彼女が、人間の前では話すことさえままならないシェレネが、たった1人で彼の相手をしなければならないのである。
「あとは彼女が国王陛下のことをなんとも思っていないことにかけるしかないかな」
当のシェレネは、自室にひきこもってずっと何かを呟いていた。
部屋の中では愛と美の女神アフロディーテがのんびりとくつろいでいる。
「どうして言えないのかしら? ほんの五文字じゃない」
「で、でも、恥ずかしいんですから仕方ないじゃないですか!」
私は陛下を愛しているから、あなたのところには行けない。
たったそれだけの事なのに、"私は陛下を"の続きが言えない。
彼女はそれを言う練習をしていたのである。
「でもまさかあなたに求婚する人間がいるだなんてねぇ。諦めたと思っていたのに」
アフロディーテは呆れ顔で言った。
「アフロディーテ様が予想外のことなんて起こるはずがないので本当はわかっているんでしょう?」
「あなたも言うようになったわねぇ」
2人は同時にふふっと笑う。
そしてシェレネはまたため息をついた。
心を落ち着けてから口を開く。
"愛している"と言えるように。
「陛下、使者となにかあったんですか?」
彼が使者に会ってから不機嫌なことを心配したのか、ジャンはウィルフルに声をかけた。
ウィルフルははあっとため息をつく。
「あれは使者では無い。ユリアルの王子だ」
ジャンは驚いた顔をした。
誰であろうとそのような反応をすることだろう。
普通、第二といえども王子は使者と自らの身分を偽ったりすることは無い。
なぜ王子が、とジャンは彼に問う。
「求婚を、しに来たらしい。我が妃に」
彼は答えた。
「あの者は正論しか言わなかった。それでは私は反論することが出来ぬ」
「そういうところは尊敬しますよ」
こういうところで"神だから"という最強ワードを使わないのはいいことである。
それを言ってねじ伏せてしまえば済む話なのだが、やはり一国の王としての何かを失うだろう。それが何であるかは知らないが。
「我が妃は私を選んでくれるだろうか……」
「陛下なら大丈夫でしょう」
ジャンが彼に言う。
ウィルフルはそっと、そうだといいのだがな、と呟いた。
再び彼の手が動き出す。
机の上に積まれた書類はみるみるうちに減っていく。
それは、ジャンの言葉を聞いて少し安心したからなのだろうか。
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