第53話目も眩むような光

諸説ありま(ry


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冥王ハデスは諦めなかった。

毎日花束を抱えてきては彼女に愛の言葉を囁く。

貴女が好きだ。

愛している。

どうか妃になってほしい。

言われるたびにコレーの心は揺れ動く。

優しいのはわかっている。

彼は自分をまるで触れれば壊れてしまうガラス細工のように大切に扱ってくれる。

だが、やはり怖いものは怖い。

嫌なものは嫌だ。


「……名前がないと不便だな……」


今日も変わらずやって来たハデスは彼女を眺めながらそう言った。


「……私はコレーです。名前ならある……」


めったに話さない彼女が、反論するように小さな声で呟く。

だが彼は眉をひそめた。


「そんな名前でいいのか? 意味をなさないそんな名前で」


コレーという名前の意味は「娘」である。

彼女はただ娘と呼ばれているだけなのだ。

そのことを分かっている彼女は唇を噛み俯く。

少し考えてから彼は言った。


「……目も眩むような光ペルセフォネ。ペルセフォネ……ペルセフォネ……」


彼女は微かに彼が笑ったように見えた。

彼は決して微笑まぬものと呼ばれている。

だが彼女には微笑んだように見えたのだ。


「良い名前だ。ペルセフォネ。愛しい人。私の光。貴女がいない世界など耐えられない。ああ、お願いだから私の妃になってくれないだろうか。私の……私の目も眩むような光ペルセフォネ


一輪の水仙を彼女の髪にさす。


「やはり……よく似合うな……」


「ハデス様? 死者たちが待ってますよ」


「今行く」


ヘカテとともにハデスが部屋を出て行ったあと、彼女は先程の水仙を外して眺めながら呟いた。


「ペルセフォネ……目も眩むような光ペルセフォネ……光の破壊者ペルセフォネ……」


そっとため息をつく。


「冥界の、女王……」



「ゼウス!」


娘がハデスに連れ去られたと知ったデメテルは激怒しながらゼウスの宮殿に怒鳴り込んだ。


「私の娘を返して! あなたの仕業だってわかっているのよ!」


「姉上! どうしたの?」


にやにや笑いながらゼウスが答える。


「とぼけないで! 私のコレーを返してよ!」


彼女はゼウスに向かって叫んだ。


「あー、別にいいじゃん? だって兄上だよ? ちょうどいいと思うんだけど。ぴったりじゃん。お似合いお似合い」


へらへらと笑いながらそう言ったゼウスにデメテルの中で何かが切れた。


「いいわ! こんなところ滅ぼしてやる! 天界も人間界も滅び去ればいいのよ! さよなら、あんたなんて大っ嫌い!」


吐き捨てるように言った彼女は自らの宮殿には戻らずすべての職務を放棄して地上に走り去っていった。

彼女がいなくなった後の世界は今までに見たことがないほど荒れ果て、植物がみるみるうちに枯れていった。

沢山の草花が生い茂る美しい大地は一瞬にして荒野となった。

様々な動植物が死に絶えた。

だが、デメテルが戻ることはなかった。


デメテルは荒野をさまよっていた。

コレー、コレーと娘の名前をかすれた声で叫びながら。

彼女はキュアネのところにやって来た。


「キュアネ、キュアネ、私の可愛い娘が暗い冥界にいるだなんて嘘でしょう? 嘘よねえ?」


だが、キュアネは答えなかった。

正確には答えられなかったのだ。

彼女は水になっていた。

悲しいかな彼女は話すこともできない泉となってしまったのである。

話すことのできない彼女はどうにかして事実を伝えようかと途方に暮れた。

そして、泉の底になにかを感じた。

解けた帯。

コレーのものである。

その帯を見たデメテルは膝から崩れ落ちた。


「ああ……あああ……」


彼女の顔は絶望に染まっている。


「嘘よね? 嘘なんでしょう? 誰か……誰か嘘だと言ってー!」


彼女は泣き崩れた。

土を握り締め、地面を叩く。


「お母様、おばあ様、私の娘を返して……」


大地に話しかけながら彼女はそう言った。


「そこにいるんでしょう? わたしの可愛い娘。返してちょうだい、お願い、お願いよ」


たどり着くはずもないのに彼女は素手で土を掘り始める。

彼女の手が土色に染まってもなお彼女は掘り続けた。

そしてやはり無理なのだと分かると、娘の名を呼びながら涙を流した。

コレー、コレー、私の愛しい娘。

貴女がいない世界に私が生きている価値なんてない。

帰ってきて、お願い。

声にならない、悲痛な叫びだった。

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