第52話略奪

くどいようですが何度でも言います。

諸説あります!


――――――――――――――――――


水仙の咲いていたところが、いきなり崩れ落ちた。

落ちる。

そう思いぎゅっと目を瞑った彼女は、何者かに捕まれた。

慌てて目を開き振り返る。

そこにいたのは、髪も服も、すべてが漆黒につつまれた神。

冥界の王ハデスだった。

がっしりと掴まれていて、体の向きを変える事さえままならない。

もちろん、逃げる事さえも。


「ああ、アテナ様! アルテミス様! 助けて!」


状況が分からず必死に叫び声を上げる彼女だが、遠くにいる姉たちはなかなか気が付かない。


「いやー! 放してください! お姉さま! お母様ー!」


「コレー?」


「放して、放してー!」


大声を上げたコレーに、二人はやっと気が付いた。


「コレー! どこだ!?」


慌てて彼女のほうに向かう。

だが、彼女たちの行く手を阻むように二人の目の前には紫色の閃光が走った。

少し遅れて凄まじい音が鳴り響く。

その向こう側には、もう誰もいなかった。

落ちた雷の勢いで吹き飛んだ花びらがひらひらと宙を舞っている。


「コレー……?」


「どこ? いるなら返事してよね……?」


だが、返事はない。

見渡す限りの花畑が、広がっているだけだった。


「コレー!」


二人の叫び声は花びらとともに虚しくニューサの野に響き渡った。

コレーが摘んだ美しい花々は、みんなあたり一帯に散乱している。

彼女が手折ろうとした水仙だけが、美しく咲き誇っていた。


冥界に連れ去られたコレーは泣きそうな顔で与えられた部屋に籠っていた。


「どうするんですか彼女……」


ハデスにヘカテが声をかけた。


「……キュアネのところ、強行突破してきたんですか?」


「まあ……そういうことになるかもしれぬな……」


彼はヘカテから視線を逸らす。

キュアネとは水の精である。

彼女は彼を止めようとしたのだが、彼は彼女にかまうことなくコレーを冥府に連れ去ったのだ。


「……彼女の様子を見てくる」


彼はコレーの部屋に向かった。


「お母様、お母様……」


部屋の扉の向こう側から、か細い声が聞こえる。

そっと部屋の中に入り、彼はコレーに近づいた。

間近で見た彼女は可憐で愛らしかった。

悲しげな表情でさえ彼には愛しく思える。

彼に気が付いた彼女はすがるように彼を見上げた。


「お願い、地上に帰してください。叔父様、私をお母様のところに帰して……」


彼は彼女の隣に腰を下ろした。

彼女の腕をつかみ、彼は彼女の目尻に口付ける。


「や……」


驚いた彼女は声を上げた。

ハデスはそのまま彼女を自らの膝の上に乗せる。


「あ……放して、放して……」


彼女の抵抗も虚しく、彼は彼女の頬に手を当てた。


「私はあなたが好きだ。愛している。結婚してほしい。この冥界の女王になってほしい」


だが彼女は首を横に振るだけ。

涙を流し続けるだけだった。



「どこ? どこなの? 私の可愛い娘はどこにいるの? コレー、私の可愛いコレー!」


悲痛な叫び声を上げながらデメテルはニューサの野を探し回る。

だが、愛娘の姿はどこにもない。

彼女の声があたりに木霊する。


「コレー、コレー! 私の……私の可愛い娘……」


デメテルはその場に崩れ落ちた。


「あああ……」


そのまま彼女は花畑に突っ伏す。

そんな様子を見た太陽神ヘリオスは彼女に声をかけた。


「デメテル?」


「ヘリオス!」


彼女はヘリオスを見上げる。


「ヘリオス、貴方は知っているわよね? 娘は……私の大切なコレーはどこ? ねえ貴方ならわかっているのでしょう?」


期待の眼差しを彼女はヘリオスに向けた。


「あなたの大切な娘は冥王ハデスに連れ去られました」


「え……?」


彼の口から出てきた衝撃の一言にデメテルが驚いたように声を上げる。


「私的にはハデス様は彼女の夫にぴったりだとは思うのですが……」


あのハデスが、ほかの神々より断然常識を兼ね備えた彼が、温厚で心優しい弟が一人でこんなことをするはずがない。

彼女は考えた。

こんなことをするのは。

こんなことをするように弟をそそのかしたのは。

彼女の脳裏に一人の人物が浮かんだ。


「……ゼウス……!」


怒りに打ち震えながら彼女は呟いた。


――――――――――――――――――


これ書くの楽しすぎる。

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