第13話シェレネの気持ち

なんで。

どうして。

私が行かなければよかったんだろうか。

まだ人目があるのに、目の奥がじんわりとあつい。

とっさに逃げ出してしまった私は弱い?

……部屋にいたらすぐに見つかってしまう。

今は陛下に会いたくない。

私は、月の女神セレネ様に教えてもらったところに行ってみようと思った。


「ララ、向こうの廊下の端まで行って。」


「はい、聖妃様。」



廊下の端についた。

私はララを口留めし、一人にしてもらう。

そっと壁によりかかると、壁が回転して薄暗い塔の中に入った。

こんなところ、あったんだ。

セレネ様曰く、ここは月の塔の内部の内部、月光の塔。

誰も知らない秘密の場所。

まだ昼間なのに、この場所だけは常に月光が降り注いでいる。

壁に沿った螺旋階段の先には、古そうな鞦韆しゅうせんが天井からつられている。

私は吸い寄せられるようにその鞦韆に腰かけた。

一息つくと同時に、涙が出てくる。


「やっぱり、フィオーナ王女の言う通りこんな感情の欠落した私といても、楽しくないよ、ね」


だって二人きりじゃないとろくにお話もできない。

涙が頬を伝った。


「やっぱり、元気で明るいフィオーナ王女といた方が楽しいよ、ね」


ぎゅっと目をつむる。

流した涙が、螺旋階段の手すりにあたった。

そして次の瞬間、朽ちて今にも壊れてしまいそうだった螺旋階段が、淡く光りだしたのだ。

コケや蔦が絡みついていた部分は全部、あおい水晶へと変化する。

なんだかその光が優しくて、包み込んでくれるようで、こらえきれなくなって涙が流れる。

とめどなくあふれてくる涙はどうしてだろう。

塔の下で水晶の海を作っていた。



どれぐらい泣いただろうか。

ずっと月明かりが差し込んでいるせいで今がどれぐらいの時間なのかさっぱりわからない。

陛下はきっと、私を必死で探していることだろう。

でもまだ、会いたくない。

ぼんやりと天井を眺めながら、陛下のことを思い返す。

いつの間にかこんなに好きになっていたのに、私は陛下にそのことを言えない。

王族は一夫多妻の世界なのだ。

他の妃をもらってほしくないと駄々をこねるわけにはいかない。

それでも、悲しいものは悲しい。


「陛下……」


無意識に声が出る。

いや、私が無意識の女神だからそんなはずはないのだが、それは無意識だったと思う。


「私が一番、陛下のことが好きなのに……」


それが本当のことかなんてわからない。

でも、そうであってほしかった。

そして、陛下もまた同じように私のことが一番好きでいて欲しかった。

この世のだれよりも、私が一番であり続けてほしかった。

きっと、もうそれはかなわない。

そっと涙を流す。


その時、下でかすかな音がした。

ゆっくりと振り向くとそこにいたのは……


「シェレネ……」


「陛、下……?」


散々探し回ったのだろうか。

息が上がったのか肩で呼吸している。

その眼差しは、深く私に突き刺さる。


「そこに、行ってもいいか……?」


「……はい……」

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