第18話 悲しみの王女と聖なる人形 前編

「嘘……嘘よ……」


王宮に、震える声が響いた。


「そんな……いや、嫌よー!」


絶望とともに、泣き崩れるような。



「陛下、どうかしたんですか?」


「んー、なんかね。今度フレア王国の王女がここに来るんだって」


「フレア王国の王女様……フェルゼリファ・レナーダ王女ですか?」


フェルゼリファ・レナーダ。

フレア王国の第一王女である。

絶世の美少女と称されるクリスティンよりは劣るのだが、美人と名高い王女だ。

そんな彼女が、いったい何の用だというのだろうか。



「ごきげんよう、ディアネス神国国王陛下。息災のようですわね」


「久しぶりだな、フレア王国の王女フェルゼリファ・レナーダ。は、今日も一段と可愛らしいとは思わないか?」


「ご冗談を。わたくしには分かりませんわ」


フェルゼリファは、にこにこと笑顔を浮かべている。

のだが、それは表面だけである。

ウィルフルとフェルゼリファのせいでこの空間がぴりぴりしている。


「私、1つお願いがあってまいりましたの」


「ふむ。なんだ?」


飛び切りの笑顔で彼女は言った。


「私と結婚して下さいませ」


ウィルフルが、目を大きく見開いた。

だが、すぐに元の威圧的な表情に戻り薄笑いを浮かべる。


「……冗談か?」


フェルゼリファは首を横に振った。


「本気ですわ。私は色良い返事が頂けるまでここにいるよう言われておりますから」


「お前には婚約者がいたのでは?」


そうだ。

彼女には婚約者がいる。

彼女の気持ちがどうであろうと、それは変わらない。

まるで悲しくないというように、彼女は赤いくちびるを開く。


「私の婚約者、セリドレック・ゼファイアは、先日の事故で亡くなりましたの」


「……」


その場にいた全員の思考が停止した。

フェリゼルファの婚約者、セリドレック・ゼファイアは、ディアネス神国に次ぐ大国の一つ、ユリアル王国の第一王子。

つまり王位継承者である。

その王子が、亡くなった?

事故で?

なんの?


「そこにいる無能なお人形さんより私の方が勝っていることを証明して差し上げますわ。では、ごきげんよう」


扇子で口元を隠しつつ不敵そうな笑みを浮かべたフェルゼリファはドレスの裾を翻しその場を出ていった。



「なんで!? なんでよりによって僕のとこなの? セリドレック王子の所のユリアル王国って、下にもう一人王子がいたよね? しかも、リェーデ姫の所にも王子いるし? なんで? 僕既婚者だよ? いくら王家が側室許されてても、正妃は貰いますって言ってるの同然だよね?」


「陛下、落ち着いて下さい」


机をたたき、一気にしゃべり始めるウィルフル。

シェレネの声も聞かずその拳を握り締め真っ赤な瞳が鋭い眼光を放つ。


「しかも我が妃を無能なお人形さんなどと……我が妃を愚弄した罪は重い!」


「私は気にしてませんから! 大丈夫ですから! ね?」


なだめても彼の怒りが収まるわけがなく。

彼は、声を荒げた。


「我が妃は無能でもお人形さんでもない! ふざけるな!」


「陛下! もう……ちょっと待っててください!」


あまりにも何を言っても聞いてくれないので、彼女はあるところへ向かった。



「何をやっているんだ……?」


「っ兄上……!」


イラついていたところにいきなり入ってきた自分の兄を見てウィルフルは驚いた顔をした。

ハデスの後ろからペルセフォネも顔をのぞかせる。


「こんにちは~!」


「ペルセフォネまで」


彼が少し落ち着いたようなので、シェレネはほっと息をついた。

冬になっていちゃついていた二人のところに行くのは大変勇気がいるからである。

彼女は慣れているのでそんなに苦ではないはずだが。


「その、実はだな……」


ため息をつくと、ウィルフルは二人に事情を説明しだした。


「酷いですね、その、王女様! シェレネ様は無能なお人形さんじゃあありません!」


「しかし困ったな………どうやってその王女をフレアに帰すべきか……」


結局ウィルフルと同じようなのが増えただけなのでは?

とは思っているものの、とても言い出せる雰囲気ではないのでシェレネは押し黙った。



「前から思っていたのだけど、どうしてあんな役たたずなお人形さんを聖妃にしたのかしら? バカみたいとしか言いようがないわ。ふふふっ、クスクス」


客間で、たった一人で、フェルゼリファはそう呟いた。

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