第15話 秋の大豊穣祭 後編
「ウィルフル〜、おねーちゃん心配だから来ちゃった〜!」
とびきりの笑顔で部屋に入ってきたデメテルに、ウィルフルは心底めんどうくさそうな顔をした。
「…………デメテル…………」
「もう! お願いだから引かないでよ! イロハといいコスズといいウィルフルといい酷いわねぇ! おねーちゃんないちゃうわぁ」
全く泣くそぶりを見せずに彼女は頬を膨らませる。
「勝手に泣いておけ!」
呆れてそう言い放ったウィルフルに、シェレネは平然とした表情で言った。
「陛下、それはひどいと思います」
「え!? すっ、すまぬ、悪かった。謝罪しよう。だから我が妃よ。酷いだなんて言わないでくれ! 頼むから!」
ひどい。
その言葉を聞いたウィルフルは慌てて謝罪した。
懇願するように跪いてシェレネを見上げる。
そんな様子を見て彼女は、ふふ、と笑った。
「大丈夫です。陛下のこと、本気で酷いだなんて言ってませんよ」
「よ、よかった……」
彼は安心して胸をなでおろした。
そんな様子を見ていたデメテルが、からかうようにウィルフルに言った。
「もぉー、ウィルフルったら、完全にシェレネちゃんに夢中じゃない。可愛いんだからぁ」
「何故! なぜ私が選ばれないのだっ?」
「ま、全くその通りで……」
こちらはまた、例の人である。
「またあの聖妃が何か言ったに違いない。あれだけ釘をさしておいたと言うのに。あの三人はだめだ。私がやらなくて誰にできる?」
「は、全くその通りでございます!」
その通りその通りと言っているが、本当のところはどう思っているのやら。
「またこの間のようなことをしなければならないとはな。手筈は整えてあるか?」
「現在、整えている最中でございます」
「ならいい。やはり私は素晴らしいのだ! ハーッハッハッハッハッハッ」
シェレネは今回何も口出しをしていないし、完全なる濡れ衣なのだが、この人はこうしないと気が済まないらしい。
準備は特につつがなく終了し、秋の大豊穣祭当日となった。
「デメテル様〜、準備出来ましたか〜?」
「もうちょっとよ、イロハ、コスズ」
今日の主役はデメテルである。
精霊祭の時はシェレネが精霊をやっていたが、豊穣祭は本人がやるらしい。
豊穣神渡式が結成され、王都を歩く。
シェレネは聖妃なので、ウィルフルと先頭である。
そうしてデメテルが必死に準備をしているときに、隣の部屋から悲鳴が聞こえた。
「きゃああああぁぁぁぁぁ!!」
「どうしたのだ!?」
隣の部屋にいるのはシェレネ。
つまり、彼女の身に何かあったのだ。
「せ、聖妃様がお茶を飲まれた瞬間にお倒れになったのです!」
「何故だ! お前が毒でも盛ったのか!?」
大声で女官を怒鳴りつけるウィルフル。
怯えた顔で彼女は必死に彼に無実を証明する。
「ち、違います! 私はほかの女官にこのお茶を聖妃様に届けるようにと指示されて! 私はてっきり聖妃様が欲しいとおっしゃったのだと……!」
声は震えて、今にも泣きだしそうだ。
「それは本当か?」
その女官を睨みつけながら冷たい視線でそう言った彼の前に、ララが慌てて飛び出した。
「本当です陛下! 私はこの侍女がお茶を渡すように言われたのを見ていましたから。ですが、遠くからだったので異変に気付かなくて……! 申し訳ありません!」
ウィルフルは一瞬疑うような表情を見せたが、少し考えてからこう言った。
「……ララが言うのならばまあ、信じてやらぬこともない。ララ、今すぐアポロンを呼べ!」
アポロンは、人間にとって非常に重要な神であり、多くのことを司っている。
医療もその一つ。
天界には彼の診療所がある。
人界ではコレーが名医。
だが世界で一番の名医はアポロンだ。
「陛下、アポロン様を呼んでまいりました!」
あまりに急いだせいか、ララの息はあがっている。
「アポロン、我が妃は大丈夫なのか!?」
焦ったような表情でアポロンに迫るウィルフル。
呆れたような表情で、アポロンはかえす。
「ちょっと待ってください。はいはい、皆さん離れて離れて〜。あ、人間な方々は部屋から出てね」
女官やらを部屋から追い出した彼は、ベットに寝かされているシェレネを少し診察してから言った。
「これは眠り薬かな。効果が強い。ララ……は疲れてるだろうからサラ、コレーを呼んできてくれる?」
「はいぃ!」
黄色い星が、天空を駆け出した。
「シェレネ様!?大丈夫ですか!?」
「コレー、解毒剤の調合を頼めるかな。ひらもコレーを手伝って」
ひらはアポロンの宮殿の木に宿ったニュンペーで、アポロンの手伝いをよくしている。
それはそれは可愛らしい容姿をしているので気に入られたらしい。
そうこうしているうちに解毒剤の調合が終わったらしく、コレーがその美しい金髪を揺らして振り返った。
「はいウィルフル様、飲ませてあげてください!」
「分かった」
ウィルフルが彼女に解毒剤を飲ませると、彼女の瞼がかすかに動いた。
「ぅん……………あ、れ?」
ぼんやりと、シェレネは目を開ける。
コレーが嬉しそうに声を上げた。
「シェレネ様!」
その場にいた全員が、ほっと安堵のため息をついた。
ただデメテルにコレーが医者なんてことをやっていることは内緒なので、結局コレーはまたすぐに地上に降りてこなければいけないのだがいったんこっそりと天界に帰って行った。
「あの、陛下」
「どうしたララ」
こそっと、ララがウィルフルに話しかける。
「あの、犯人の顔なのですが、心做しかラン・セルヴィール様の所の方っぽい人が嫌そうにやっていたのですが…………」
「………………」
それを聞いて、彼は数秒静止した。
「………………」
なんとなく彼女も静止する。
「……まあ、もうこの話はやめよう」
とうとうランは国王にも呆れられたらしい。
元からかもしれないのだが。
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