第14話 秋の大豊穣祭 前編

ディアネス神国の春の一大行事は春の大精霊祭だが、秋の行事といえば秋の大豊穣祭である。

ペルセフォネの帰還を祝う精霊祭に対し豊穣祭はその母デメテルに感謝をささげるもの。

何よりも大切な行事である。


「陛下、そろそろ秋ですね」


「そうだね。イロハとコスズに連絡取らないと……」


イロハとコスズは紅葉のニュンペーである。

二人はデメテルの使いで唯一地上で暮らし続けている。

当のイロハとコスズはというと。


「あー、シェレネ様が呼んでくれたら一瞬で王宮に行けるのに〜」


「お願いします呼んでください〜!」


リズル王国との国境付近で疲れて休憩中のようである。


「私もうシェレネ様に呼ばれるまで寝てるー!」


「私もー!」




「今回の秋の大豊穣祭の責任者は、この間に引き続き、レン・ローラン、バジル・セルヴィール、アランドル・レストとする。以上で朝会議は終わりとする。今日も仕事に励め」


「はい、陛下」


責任者は精霊祭に引き続きこの3人の官僚。

ウィルフルの決定にアランドルは悲しげな表情を見せた。


「どうして僕はいつもこんな目に?」


「だから! 陛下から直々にお声がけされているのだ。嫌そうな顔をするな!」


「あー、またこのメンバー……」


仲が悪いのかいいのか全く分からない。


「チッ、またあいつらか!」


こいつが誰かは、きっと簡単に分かることだろう。



「あ!!」


ウィルフルとともに休憩をしていたシェレネは、何かを思い出したように声を上げた。


「どうしたのシェレネ?」


心配そうにウィルフルが彼女を覗き込む。

彼女はしまったという表情で彼を見上げた。


「イロハとコスズ、呼ぶの忘れてました! 今頃国境で疲れて寝てるかも……」


予想的中である。


「だからか! なかなか来ないと思ったら!」


「今呼ぶんで、待っててください!」


イロハとコスズ。

一番手っ取り早く呼び出す方法は召喚詩しょうかんしを読み上げること。

記憶を探りながら彼女はゆっくりと言葉を紡ぎだす。


「えーっと。

色は匂へど散りぬるを

紅葉の精霊ニンフ色華イロハ小鈴コスズ

うゐの奥山今日越えて

浅き夢見ず酔いもせず

今年も伝う豊穣神デメテルに」


「きゃあ!?」


ドサッと大きなお音がして、何もないところからイロハとコスズが転がり落ちる。


「ったあー!」


「あ、シェレネ様!」


「ごめんなさい! 呼ぶの忘れていたの!」


彼女は二人に申し訳なさそうに謝る。

二人は笑った。


「大丈夫ですよ〜」


「それより豊穣祭、いつにしますか?」


パピルス紙の切れ端とペンを持ったイロハはウィルフルに問う。


「うーん、いつがいいでしょう、陛下」


「そうだな。来週でどうだろうか。こちらの用意は進んでいるし」


少し考え込んでからウィルフルは答えた。


「わかりました!デメテル様に伝えておきますね」


「では、また今度!」


二人がふわりと浮き上がる。


「あの姉妹、鮮やかに消えますね……」


「だね……」




「アランドル、こちらの資料にも目を通しておけ」


ずっと一緒に仕事をしていて仲が深まったのだろうか。

珍しくあまり不機嫌ではなさそうな声でバジルは言った。

だがアランドルはにっこりと笑いながら答えた。


「私は今から家に帰って魚に餌やりをしないと」


「貴様! またサボる気か!」


「まあまあバジル様、アランドル様も仕事中ですのでそれはちょっと……」


レンがかわいそうだが、見て見ぬふりをしておくことにしよう。


「君だって、心の安らぎは必要だよ?」


「いえ、結構ですから! 仕事してください!」


「ええ、めんどくさいな」


……この雰囲気はどうにかならないものなのだろうか。



「デメテル様!」


「様!」


地上から天界に帰ってきたイロハとコスズがデメテルのところに現れる。


「ディアネス王国の豊穣祭の日程決まりましたよ〜」


「来週だそうです!」


それを聞いてデメテルの顔はぱあっと明るく輝いた。


「そうなの? シェレネちゃんに会えるのね! 嬉しいわあ。ウィルフルにもよね? 元気かしら? 最近会ってないからおねーちゃんしんぱーい」


むっとしたように頬を膨らませちらりと下界を見下ろすデメテル。

その様子を見た二人のニュンペーはドン引きといったような顔で彼女を見つめていた。


「もう、引かないでよ~」


それを聞いて引かないのはコレーだけである。

もしかしたら、彼女もドン引きするかもしれないが。

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