第7話 春の大精霊祭 後編
「聖妃様〜準備はよろしいですか?」
ふわりとドレスの裾を揺らしながら、シェレネは答えた。
「出来た、わ……」
「じゃあ行きましょうか」
国民の前で踊るために用意された衣装。
元は何色だったのだろうか。
もしかしたら元から黒だったかもしれない。
シェレネが着てしまったらもうそれはだれにも分からない。
「陛下、準備出来ました」
「…………」
明るく声をかけた彼女を見たウィルフルは、絶句した。
心配そうにシェレネがウィルフルの顔を覗き込む。
「?」
「可愛い……」
「え……」
「可愛すぎる……僕のお嫁さんが可愛すぎる!」
「いきなりどうしたんですか〜!」
ウィルフルはシェレネの可愛さに膝から崩れ落ちた。
「なんでそんなに可愛いの? 僕観客としてシェレネの踊り見れないの残念すぎるんだけど」
ウィルフルは常に先頭にいる。
彼の位置からだとシェレネを見ることはできない。
悔しそうにしている彼を見て、シェレネは呆れたように言った。
「もう、文句言ってないで早くいきましょう!」
「まあ、お可愛らしい聖妃様ね!」
「ララたちもいい人に仕えれたみたいだな」
「ほんとにね~」
王都での彼女の評判はとても良かったようだ。
たぶん、ウィルフル以上に。
でも自分のお妃さまだから怒らない。はず。
「お花、綺麗ね……」
渡された花束を抱え、彼女は呟いた。
これから彼女は、王都のはずれから王城に帰る。
先に王城に戻ったウィルフルに渡すための、花束を抱えたまま。
ここまででシェレネの役割は終了である。
「聖妃様、行きましょうか」
「ええ……そうね……」
彼女を抱えたララが、踵を返したその時だった。
「聖妃様!」
「どう、したの? レン様……」
慌てて入ってきた彼に、二人は顔を見合わせた。
「えっと……刺客に馬が……動力がなくなりまして……」
「ああ……聖妃様、どうしましょう……」
「今から……馬は捕まえ……られない……わね……」
「誰の仕業でしょうか……?」
心底不思議そうにレンが聞く。
「…………まあ、だいたい……見当は……ついているような……」
たぶんどこぞの頭お花畑だろう。
「シェレネ。大体状況はわかっているがどうした? わかっている、大体状況はわかっている」
「……ヘラ様……」
「馬車に困っているのだろう。馬車を貸すから一緒に行こう」
「そんなこと……」
にっこり笑ったヘラに、戸惑うシェレネ。
だがヘラは気にしなくていいというように首を横に振った。
「良い。いつもウィルフルが世話になっているし。それに、かわいい義妹のことだろう? これくらいさせて欲しい」
「ヘラ様……ありがとうございます……」
ヘラは妹がいないので、妹が欲しかったのかもしれない。
エルはいるのだが、エルは妹というより姉である。
「は? で、ヘラが?」
事情を聴いたウィルフルが眉をひそめる。
「はい、ヘラ様が、『妹のために』とおっしゃって……」
「ふざけたやつだ。我が姉にまで迷惑をかけるとはな」
怒気を込めてウィルフルが言う。
そんな中、一人不満そうにしている者がいた。
「どうした? 何か文句があるのか? ラン・セルヴィール」
セルヴィール公爵家長男、ラン・セルヴィールである。
「ひっ! ありません!」
慌てて返事をしたランだったが、明らかに動揺していた。
「ヘラも来るのだろう。ならばなにか用意しておけ」
「は、はい、陛下」
ランは慌ててウィルフルの前から立ち去って行った。
「あら、なんかすごい綺麗ねえ」
「なんでも、女神ヘラ様の馬車なんだとよ」
「ヘラ様がお貸しくださったの? なんてお優しい……」
天界の人たちの馬車は空を飛ぶのに大して驚いていない民に慣れを感じる……
無事王都に戻った彼女はウィルフルに告げた。
「ペルセポネー、様が、地上に……お戻りです…… 今年も……花々、が、綺麗ですね……」
「我が妃よ。私の目にはその花を持つそなたが一番美しく映る」
さらっと惚気た彼にヘラが呆れたような顔をする。
そんな姉に気づきもしないで、彼はヘラに声をかけた。
「姉上。力を貸してくれ感謝している」
ディアネス神国の春は平和である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます