第3話 突然の来訪者 前編

それはある日の、ディアネス国の隣国リズル王国の王と王女の会話から始まったことだった。


「ねえねえお父様、私、本当に闇の神の妃になるの?」


「そうだ、リェーデ。お前のその美貌は、我が国の宝だぞ? しかも、相手はリデュレス王国などという小国の姫ではないか。お前を見たら闇の神の気持ちぐらい簡単に動くのではないか?」


「あら、そうかしら。そうね、それに国のためにもなるわ。わかったわ。そうとなれば……わたくし、全力で闇の神をおとして参りますわよ、お父様」


「その意気だ。それでこそ我が自慢の娘だ」


「うふふ、お父様ったら♡♡」


不穏な空気が、漂っていた。



「え、今度のリズル王国からの使節団に王女様も来るんですか?」


シェレネが驚いたような声を上げた。

今はウィルフルと二人きり。

神しかいない場所では、普通に話せるようである。


「うん、そうみたいなんだよね」


ウィルフルが答えた。

この前の「子犬か子猫か」の話し方はこれである。


「なんで15歳なんていう年頃の娘を外に出すんだかわかんないんだけど、やっぱり政略結婚かな〜? 僕はシェレネが好きなんだけど。」


「お迎えの準備しときますね〜」


シェレネはにっこりと微笑んだ。




「あら聖妃様、今度の使節団に王女がいらっしゃるのですか?」


「そう、みたいです……」


最初の声は、一時的にシェレネの教育係をしているリディア。

どこの国かは知らないが、元国王の側室だそうだ。

気品あふれる、淑女の鏡である。


「あら、ではその王女、正妃を狙っていますわね。言いきれますわ」


「え……でも、勉強だと聞いていたのですが……」


「だめですわよ聖妃様。そのように油断していては横からとられてしまいますわ。これは女同士の戦いですわ。それでは、お勉強をはじめましょうか?」


ふふっと笑ったリディアの顔には不敵そうな笑みが浮かんでいた。

シェレネは気づいていないようなのだが。



幾日か経ち、リズル王国の使節団がディアネス神国にやってきた。

それはそれはきれいな姫君が、馬車から降り立った。


「はじめまして。リズル王国第一王女のリェーデ·プラリネと申しますわ。今回は我が国の使節団を受け入れていただきまことにありがとうございます。それにわたくしの無理も聞いて下さり嬉しい限りですわ」


リェーデが飛び切りの笑顔を見せる。


「この国に来るのは初めてだそうだな、リェーデ姫。ゆっくりして行かれよ」


「ぜひそうさせて頂きますわ。ありがとうございます」


「今夜は歓迎の宴を開く。それまで客間でお待ち願いたい」


「はい、もちろんですわ」



宴の時間になり、シェレネの心臓は爆発寸前だった。

なにせ、相手は大国の姫君である。

緊張しないはずがないのだ。


「早く挨拶しに行った方がいいですわよ、聖妃様。リェーデ姫はあちらにいらっしゃいますわ」


「でも、本当に大丈夫なのでしょうか、リディア様……」


不安げに、シェレネはリディアに問う。


「大丈夫ですわ。早く行っていらっしゃいませ~」


リディアはにっこりと笑い、そう答えた。



「はじめまして……ディアネス、神国の、聖妃の……シェレネ·モートレック、と申します…どう、ぞ、仲良くしてください……」


「あら、あなたがシェレネ姫ですの?そうね……まぁ、どうぞ仲良くしてくださいませね?お妃様?」


小国の姫を見下した態度である。

リディアはそんな彼女を見て眉をひそめた。


(何?あの王女、聖妃様のことをお妃様と呼びましたわ。いけませんのに、そんな呼び方したら。)


リェーデの態度が悪いと、心の中でつぶやく。

周囲がざわついた。


「我が妃は今日も可愛らしいな。早く17歳になって欲しいものだ」


「……っ……陛下……」


いきなり声をかけられ、驚いたように声を上げる。


「リェーデ姫も、楽しんでおられるか?」


「もちろんですわ」


彼女は不敵そうに笑った。



「フィンっフィンはいる? なによ、噂なんて嘘じゃない。だれが冷酷・非情・無慈悲な一匹狼王ですって?とても優しそうじゃない」


「知らないですって。色んなところで怖いって言われてたじゃないですか」


フィンは、リェーデの側近である。

側近といってもいつも足蹴にされているわけだが。


「こうなったら絶対落としてやるわ」


「ハイハイ、頑張ってください」


フィンはちらりと自分の主の顔を見上げると、また地面に視線を落とした。

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