18
薄く射し入る陽光を感じて、恭一郎は目を覚ました。時計を見れば、目覚ましが鳴るのにはまだ少し間がある。
向き合って眠る文代は、まだ深い寝息を立てている。起こさないようにそろそろと動き、頬にこぼれる髪を背後に払ってやる。
薄明のなかでも、目の下にくっきりと深い隈が出来ているのが見てとれる。隈がこんなにひどくなるのは、彼女にしては珍しい。
空蝉(もしくは秋津)が
表仕事でもややこしい案件を抱えているようだったし、
小さく声を上げて、文代が目を開ける。
「悪い、起こしちまったか」
「寝坊するよりはいいからね――ひどい顔してるでしょ」
決まり悪げに笑う姿に、普段の強靱さはうかがえない。
「日中はそんなにひどい感じしなかったけどな」
「そりゃあ、メイクで必死にごまかしてたから。お泊まり中の
「お疲れさん」
文代の背に腕を回して、強く抱きしめる。
恭一郎は、こういう形でしか引導人の背負うものを分かちあえない。たとえ彼が連絡人でなくても、だ。
微笑む文代の手が恭一郎の頬を撫でた。
「恭さんもちょっとやつれたね」
「結構バタバタしてたからなあ」
「でも、恭さんがいい仕事してくれてたおかげで、早く
それと、ごめんね。あんな形で調査中断じゃ、不完全燃焼でイヤだったでしょ」
空蝉(もしくは秋津)のゴタゴタがからむ案件を、外野の連絡人にあまりつつかれたくないのだろうと察しはついていても、不快だったのは確かだ。
そこを汲んでもらえると、公私ともに報われる。
「だから、埋め合わせに何かさせて」
「そういや、ちょうど表仕事で、腕のいい探偵さんの手を借りたい案件があったりするな」
「了解。いま抱えてる案件が片づいたら連絡する。
嬉しい、ひさびさに恭さんと組んで仕事できる」
「俺のフォローもだが、穂積もしっかり労ってやれよ。あいつがあんなマジな顔して仕事してるの、初めて見た」
「大丈夫。叙々苑で焼き肉おごることになってるから」
「……………お前の財布が死ぬぞ?」
「さすがにランチで勘弁してもらったけど、へそくりが吹っ飛ぶのは覚悟してる。
なんせ、おごるのは穂積くんだけじゃなくて秋津全部だから」
「おい…」
「かわいい秋津ちゃんたちにリクエストされて、応えられなきゃ引導人の立場ないでしょうよ。それに、今回はそれだけの仕事してもらったし」
眉をひそめて顔を曇らせるところから、事態の重さが推測できる。これ以上、この件には触れないほうがいいだろう。
「なんか、秋津の連中のほうが愛されてんじゃねえかっつー気がしてきた…」
「なーに秋津にヤキモチ焼いてんのよ」
くすくすと笑いながら、文代が恭一郎の頭を抱き込んだ。「秋津にこーんなことはしませんって」と、ついばむようなキスを繰り返す。恭一郎も目を細めてそれに応える。
その最中に、目覚ましのアラームが鳴った。
名残惜しげにもぞもぞと身体を起こした文代は、目覚ましを止めるとベッドにぺたりを座り込んだ。
目を閉じて天井を仰ぎ、前髪をかき上げる。
そして見開いた瞳は、髪より他に纏うもののない無防備な姿態にそぐわない、いつものまなざしを取り戻していた。
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