第4話

モモと忍び込んだ夜のプールは、予想以上に暗かった。

電灯はもちろん、夜空には月すら浮かんでいない。

「本当に泳ぐの?」

モモの問いかけに答えるように、カナデは水中に身体を沈めた。

光のない水のなかは、まるで底なし沼のようだ。

今ついている爪先を離してしまえば、あとは沈むだけなのではないか──

もちろん、そんなことはないとわかっている。

それでもこの暗闇はどこか不吉で、なのに自分はそこに身を投じようとしていた。

(どうして、こんなに泳ぎたいのだろう)

わからない。

空っぽになりたいからかもしれない。

陸にあがれば、息苦しい空気に包まれる。

それは、なにも気温や湿度の高さのせいではなくて、この世界そのものがなんだかひどく息苦しくて、うまく息ができないのだ。

たぶん、あれからだ。

少し前、おかしな噂がたちはじめたあたりから。


──「ねえ、ヤバイかも」


一週間前のモモの言葉が脳裏をよぎる。


──「先輩と連絡とれない。やっぱ、神様に選ばれたかも」


今、神様が選んでいるのは、戦争に参加する人たちらしい。

もちろん大人が圧倒的に多いけど、たまに子どもが選ばれることもある──

それが、モモや同級生たちの間で広がっている「噂」だ。

選ばれた先で、何をさせられるのかはわからない。

そもそも「戦争」が何なのか、私たちの誰もよくわかっていない。

ただ、選ばれてしまったら、こんなふうに泳ぐことはできない気がした。

それなら、自分は選ばれたくはない。

神様の手から逃げきって、この夏を泳ぎ切れれば十分だ。

ぐるん、と身体を丸め、力強く壁を蹴る。

見えない水底をのぞくのはもうやめた。

ラスト一本──

真っ暗な闇のなか、カナデはただ身体を動かしつづけた。

咳き込むような声が聞こえたのは──たぶん、モモが潜水に失敗したからだろう。

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