アメティスト世界
第1話 路地裏のボーイ・ミーツ・ガール
「変な夢だったな……」
終業式を終え、高校二年の夏休みに突入した黒髪の少年は、その帰路で今朝の夢を思い出してぼやく。
「終業式前日で浮かれてたのかねぇ、こんなオレが
少年―――
と、彼は自負している。
幼少期の事故の際に特殊な能力を得て、以降その能力を人助けに使えるならと、鍛錬を重ねてきた平凡な少年である。
コンビニ感覚で土地を買う億万長者だとか、指先ひとつで万の人間を動かす権力者だとか、一枚の紙きれで大衆を感動させる作家だとか、そういった類の人間ではない。なるべくしてなるような才能は無く、一億人に一人の選ばれし幸運も無い。ただ
言ってしまえば個性だと、優護は考える。
数学が得意、バスケが上手い、面白い話が出来る、歌声が綺麗。これらと何も変わらない。日常の中で必ず存在する他人との差異。優護にとってのその能力とはそういった程度のものなのだ。
数学が得意だから文理選択では理系に進むし、バスケが上手いからバスケ部へ入る。面白い話が出来る者の周りには人が集まるし歌声が綺麗ならカラオケに誘われるのも憂鬱にはならない。人助けに使える能力が身に付いたから鍛え上げて活かす。どれも平凡な価値観、判断、結果である。
そも平凡とはなにか。
ごくありふれているもの。何の特色もないもの。つまりはある一つの観点からある基準に則って対象の比較を行う際に、閾値に満たない者を一纏めにして押し込める型の名前である。
数学、バスケ、資産、権力どの観点から観るかで平凡非凡は簡単に入れ替わる。
勿論もっと細かい観点もあるだろうし、優れているだけが非凡でもない。
結局のところ、皆好き勝手に主張しているだけなのだ。
だから自分は平凡だと、優護も考える。
そして。
――けて。助けてっ……助けて!
放課後の大通り。沢山の人で賑わうその場所で、確かに聞こえた少女の声。
耳からではなく心へ直接響く声。これこそが彼の能力の、その一端。
声のした方角を確認すると、どうやらお誂え向きな路地裏が存在するようだった。
路地裏で感じる身の危険。大方暇を持て余した非行少年のたまり場にでもなっていて、そうとは知らずに不幸な誰かが踏み入ったのだろう。
急がなければ、と優護は全身に
が、ここで予想外の出来事が起こる。声が増えたのだ。
最初に聞こえた少女のものとは別に、少年と思しき声が4、5人ほど。
しかもこちらは身の危険を感じている、というレベルのものではない。既に害されている。
痛みに悶える声が1人と、怯える声が複数。少女の声も依然として聞こえる為、決死の攻勢が功を奏したという訳でもなさそうである。
全く展開に追いつけないまま、細い路地裏を2回ほど曲がって優護は声のもとへと辿り着く。
最初の声からここまで約5秒。身体強化を
「なん……だ?アレ」
少年は思わずそうこぼす。
まず複数の少年だが、着崩した学生服に派手なピアスと、格好からして予想通りこの路地裏にたむろしていた非行少年たちで間違いないだろう。この地域にピアスが許されている高校は存在しない。そして彼らよりもう数メートル優護の側にいる一人の少女が、恐らく踏み入ってしまった少女で間違いない。
ここまでは予想通り。
問題は―――
「あ、はっ、ああああぁっ……俺の!俺の俺のおれの足がっ、あっ、ああぁ……」
さながらスペアリブのようになった自分の脛の辺りを、なおも貪る怪物に対して抵抗する気は起きないらしい。抵抗して今度は頭をガブリなんて事になっては堪らないからか、単に気力が湧かないからか。
それと問題はもう一つ。少女の格好は現代日本社会の基準からするとファンタジー過ぎるのである。
薄暗い路地裏にあってなお気品を感じさせる美しいショートボブの銀髪だとか、あどけなさを残しつつも整った目鼻立ちだとか、エメラルドのような瞳だとか、その中学生ほどの背格好には少々おませに見える肩の露出された衣装だとか、そういった普段であれば少年たちが喜びそうな要素も、この状況では非日常に拍車をかけるだけだ。
そして、賑やかな大通りから一転、ジメジメと寂れたこの空間への闖入者は五条優護だけではなく―――
「こっちよ、犬っころ」
凛とした涼やかなその声は、優護が怪物と少女の格好に一瞬気を取られた隙に
突然目の前に現れた桜子に対し、食事の手を止め警戒を露わにする怪物だったが、知能はあまり高くないのか、はたまた桜子が自分よりも格下だと確信したのか。低く唸るとその瞬間、彼女へ向け放たれた矢が如く飛びかかっていた。
「あまり賢くはないのねぇ……」
優護以外の全員が思わず目を背けた直後。怪物は恐るべき口を大きく開け、まるで彼女の身体など霞だといわんばかりの勢いで貫いた。
貫いた、ように見えた。
血も出なければ風穴も開いていない桜子の後ろで、コンクリートの壁に頭から激突した怪物はジタバタと地面を転がり激痛に悶えている。一方で桜子はというと――
「ほら、ボサッとしていないでその子連れて逃げなさいな。私はお医者さんでもないからその足がどうなるかは知らないけど、少なくともここで死ぬような目に遭うよりはマシでしょう?」
そう非行少年たちに促すと、ハッと我に返った彼らは慌てて負傷した仲間を担ぎ始める。
桜子もまた謎の銀髪少女と同じくらいの年齢に見え、高校生の彼らからすれば明らかに年下からの指示なのだが、そんな事まで考えている余裕はなさそうだった。
「あ、あのっ!私は――」
「すまん姉ちゃん、一瞬呆けた!」
何か言いかけていた少女だったが、今はまず目の前の怪物を片付けなければいけない。先ほどのダメージから立ち直り、改めて優護たち3人へ向けて起き上がるソレは、飛びかかる為に姿勢を低くし、狙いを優護に定めた。
その動作よりも一瞬先に身体強化を施した優護がグッと重心を下げて右の拳を構える。
一瞬の睨み合い。
その
怪物の足が地面から離れるよりも速く、その顔面に優護の拳がめり込んでいた。
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