第6話 服について僕の考えること

 

 服は沼だ。服は自分のお金を吸い取っていく。消耗品であり、マニアが多い。そして取り扱っている店も多い。そして社会的にも、お金を使っても良い趣味であると認識されている。

 僕も、服にお金をかけていた。自分のバイト代を全て服にかけていた。仕送りの3分の1ぐらい服に費やしていたかもしれない。

 いいものを着ることが全てだと考えていた。お金をかければいい服を着れる。そしていい服を着ている自分は世間的に上の人間なんだと信じ込んでいた。お洒落であるということが「上」であるための一つのパラメータだと思っていたのだ。そしてだらしない服装をしている人は「下」だと思っていた。

 馬鹿馬鹿しい。

 

 

 そんな僕は今ではユニクロしか着ていない。服にお金をかけようと思わなくなったのだ。3ヶ月に1回ほど、服を新調するが、使っても1万円ほどである。

 高い服はほとんど売り払ってしまった。過去の自分と決別するためである。マルタンマルジェラのブーツはカッコ良かった。いわゆる足袋ブーツで、足袋の形をした革のブーツだ。それを履けば、お洒落な人間になれる。そう思って購入した。

 購入後に思ったのはネオンサインのコートが欲しいということだ。10万円ほどした。人気俳優が着ていたこともあって、そのコートを着ることで、お洒落になりきれると考えていた。

 買って、少し満足して、また買って、少し満足して。ずっとその繰り返しだった。繰り返すことは嫌いではないが、望んでいない繰り返しだ。それはもっといいものがあるのではないかと探し続けることに似ていた。例えば、マスターベーション をする時にみるアダルトビデオを探し続けてしまうことに似ていた。僕たちはもしかしてそういう人生を送り続けるのかもしれない。

 

 僕はいやだ。そんな人生を送り続けることはまっぴらごめんである。ただ消耗するだけではないか。

 読書、小説を書くこと、仕事をすること、勉強。僕はこういったことに時間を使いたいし、繰り返したい。

 

 自分の望む方向に物事を進ませる。そのためには、物事の数を減らすことが重要だ。つまり集中できる「こと」の数を設定することだ。

 そのためには自分の容量を認識することが重要である。昔、本屋でこんな本を読んだ。

「簡単に東大に入るためには3つだけをやらせるようにすれば良い。例えば部活、勉強、恋愛だけに学校生活を絞るのだ。それ以外の経験は不要である」

 絞り込みは3つまでとも書かれていたのを覚えている。僕は当時、そのメソッドを実践できなかったし理解できなかった。しかし今では理解できる。

 人の持てる容量は大体3から5までのことだろう。容量を超えてしまえば、どうしてもパンクしてしまう。パンクしてしまって動けなくなる。パンクしてしまわないように、自分の容量を認識していく。そのギリギリをずっと攻めていく。自分のできることを増やす。消費者であることをやめ、表現者になるために。

 

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