庭星アイラと喜王希沙

 異能開花研究学を学ぶ者は強い好奇心を持つ者と警戒心を強く持つ者に分かれている。新たな能力の研究心に溢れる反面、異能者が多く集まるこの学部はどんな異能を持っているかわからない内は一定距離を保つ。研究と称して能力を使われる危険性があるからだ。気にしないのは貪欲な者。自分に自信がある者。だから基本解除が推奨されているシールドを常に展開しているものが多い。

 シールドを嫌うアイラが余裕を失うのは必然だった。当たり障りない交流は何とか取り繕えても距離を保つのが当然のような周囲に馴染めず、充電しに来ていいよと言っていたツナギも何かあったのか全然会えていない。アイラは寂しかった。

 異能開花研究学はグループ活動中心の他の科とは違い、まずは各々の異能がなにかの確認から始まる。そのため元からの友人関係がなければ個人個人で動くことになる。それも寂しさを募らせる一因だ。

 しょんぼりと浮かない顔で構内を歩いていたアイラはよりによって承認許可をされていないエリアに入ってしまい、バチンッと弾かれて尻もちをついた。どうせ他の人が皆シールドを張っているからと展開していなかったがために直にスパークを受けてしまったのだ。みるみるうちにアイラの目に涙が溜まっていく。頑張ろうとしていた気持ちの糸が切れた。

 「お前、大丈夫か?」

 振り返ると肩を超す長い髪を緩く三つ編みにしている色気のある青年が立っていた。あちらこちら少し赤くなった肌と泣き出しそうな顔を見て呆れたようにため息をつく。

 「鈍くさいやつだな」

 冷たい言い方に涙を零したアイラは予想外のことに硬直した。軽々とアイラを抱き上げすたすたと歩きだす青年は口調こそ冷たいがスカートが捲れないようにも注意を払ってくれていた。アイラはその優しさに堪えきれなくなったように泣き出した。

 「シールドばっかり大嫌い! 話しづらいし、痛いし、もう嫌だぁっ!」

 青年はあっけにとられた顔をしてアイラを見ていたが、しばらくしてふっと微笑った。幼い子どもをあやすように背を軽く叩きながら歩みを再開する。

 「いい年こいて子どもみたいに泣いてんじゃないよ。まぁ、シールドはうざい。そこは同意してやる。痛いのはお前がボーっと歩いていたからだろ」

 アイラの涙が止まる頃、青年はひとつの扉を開いて室内にあったソファにアイラを下ろした。青年個人の研究室のようだ。たくさんの本が積みあがっているが空気は良い。きょろきょろしているとポイッと丸い容器が飛んできた。

 「手当てしろ」

 火傷に効く軟膏だった。ありがとうございますと小さく頭を下げ赤くなっている個所にペタペタと塗り広げていく。思ったよりも沁みずにアイラはホッとした。様子をじっと窺っていた青年は軽く舌打ちしてアイラの目の前に来ると顎を掴んで上向けた。

 「本当に鈍くさいな。顔の手当てをしないなんて」

 まだ蓋の空いていた容器に片手を伸ばし軟膏を掬い取ると顔の数カ所に塗り込んでいく。一カ所が滲みて逃げそうになったがしっかり顎を掴まれているから逃げられない。

 「……よし。ちゃんと薬を塗らせたご褒美だ」

 ニヤッと笑った青年はどこからか出した大ぶりのキャンディーをアイラの足の上に置いた。完全に子ども扱いされていると膨れるも緩む口元は誤魔化せない。

 「ありがとうございました! 私、1年の庭星アイラです」

 「俺は3年、喜王 希沙だ」

 「喜王先輩……」

 アイラはどこかで聞いたようなと考えて思い出した途端に引きつりそうになる自分を必死で抑える。ツナギが注意しろと言っていた先輩。どうしようと思うもアイラは面白そうに眺めている希沙とまだ自分の手にある軟膏、キャンディーを見て気持ちを鎮めた。どうしても悪い人と思えないのだ。

 「どうした? 悩ましい顔して」

 表情でバレバレだったらしい。隠し事のできない自分に落ち込みながら上目遣いに希沙を見上げた。

 「悪い人じゃ、ないですよね……?」

 希沙はきょとんと眼を見開き、次の瞬間大爆笑した。目が潤むほどに笑い息も絶え絶えに言葉を返す。

 「そう、聞かれて、悪い人って、言う奴いねーだろ! 仮に、悪い奴だとお前が思ったらシールドで弾きゃいい、違うか? でも、あえて言おうか。俺は悪い奴だ」

 アイラは困ったようにコテリと首を倒した。ツナギの言うことはいつも外れたことはない。アイラも弱っている時に優しくされたからとはいえ、今までの経験上本当に怖い人には甘えられない。ツナギに手を出されるのは絶対に嫌だけど……

 「自分で悪い人って言う人は悪い人じゃないんですよ?」

 「……お前、ヘンな奴だな」

 希沙は真顔になってしゃがみ込みアイラと目を合わせた。アイラは居心地悪そうに身じろぎしつつ目は逸らさずに口を開く。

 「私の好きな人達に手を出されたら怒るけど、そうじゃない先輩は優しいと思います。助けてくれて、うれしかったです」

 「ふーん……じゃあ、俺がお前の好きな奴をイジメないように見張ったらどうだ? シールド張らないでやるぞ?」

 「お前じゃないです」

 「ヘンなところで強気だな。そういうのも嫌いじゃないぜ。庭星アイラか……じゃあ、ニィって呼ぶ。迷子の子猫のように泣き虫だからな」

 「泣き虫じゃないですー!」

 「もう目が潤んでいるぞ」

 「い、意地悪! 先輩の意地悪!」

 「言ったろ、俺は悪い奴」

 アイラはすっかり希沙に遊ばれ、頬を突かれ叫び疲れたところでペットボトルのお茶を渡された。いつの間に部屋を出たのか日暮れの玄関先だった。

 「さすがに家に帰れるよな、ニィ?」

 「当たり前です!」

 希沙はくくっと楽しげに笑い軽く手を振ると構内へ戻っていく。物言いたげに睨んでその背を見送ったアイラはその姿が見えなくなってため息をついてしゃがみ込んだ。渡されたお茶はミルクティーだった。甘党なんだろうか。こくりと一口含み甘い味と潤う喉に目を細める。

 ツナギの忠告を破ってしまった。ちょっと後ろめたくて、でもツナギのせいだとも思う。充電させてくれなかったから希沙に遭うことになったのだ。

 「どうしても悪い人には思えないよ」

 初めての幼馴染への秘密。そう、ツナギに希沙に会ったことを話そうとは思わない。彼が言った通りにするつもりじゃないけれど彼が悪いことをしないように見張って、止める。そう決めたら後ろめたさも薄れる気がした。

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鳩村もしくは夕凪ツナギがつなぐもの よだか @yodaka

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