鳩村もしくは夕凪ツナギと研究提案

 あの物騒な一件は浅井先生の言った通りの采配で表立った謝罪もなく、何事もなかったように日常が戻った。けれど、ツナギは半弓や両親の話があるから心から安寧を得たわけではない。とはいえ、特に何に気を付けなければいけないことが明確でないから悶々としつつ日々をこなすしかないわけで、巻き込まれる可能性のある同じグループメンバーと柊斗には大まかな事情を話すくらいでやれることもなく。

 話を聞いたそれぞれの反応としては、奥園は自身を含め唐崎、清野、雪乃は警戒が必要だと常に情報交換することを求めてきた。そういえばあの危険な方の喜王先輩があげた名字はツナギを含め5人だった。失念していたことを気付かれ冷たい視線が決まり悪かった。清野は面倒だけど避けられないなら自衛はしたいという感じ。唐崎は上等!返り討ちにしてやると息巻き、唯一名字に当たっていなかった国立が機械破壊体質を研究させてくれないかと一時ストーカーを受けたことがあると言い思ったより世界は平和じゃないのだと警戒を新たにした。

 ツナギとはグループを共にしていない雪乃には半弓が連絡をした。全力で挙動不審になったらしい。不安なので合流したいという希望もあり学習グループとは別にツナギ、奥園、清野、国立、唐崎、雪乃に情報提供者として異能開花研究学専攻の柊斗を加えた7人が対策警戒班として半弓主導で動くことになった。

 初回は自己紹介のようなもので終わり、今日は特に収穫もないまま迎えた2回目の集まり。半弓の研究室で距離を空けて円になるように座る。柊斗が勢いよく挙手をした。

 「深紅様、提案があります!」

 「何かしら」

 「これは僕の利益優先というわけでは決してないと先に言っておきます。共同研究を提案したいです」

 奥園が皆を代表して目線で続きを促した。

 「俺の研究協力者として6人を登録させてください。理由は3つ。ひとつは異能開花研究のメンバーがかなりの割合で関心を持っていることがわかったから。ふたつめは自衛のためにはそれぞれの背景や傾向がわかっていたほうがいいと思うこと。それには俺の科の方が有利に進められる。3つめは原則お手つき禁止の暗黙の了解」

 「なるほど……綾辻君はいち早く6人を自分の研究の協力者として示すことで他の異能開花研究学専攻の人間が手を出しずらくしようというんだね?」

 「はい……!」

 半弓は良い手かもしれないと頷いた。まだ内容を掴み切れていない6人に視線を巡らせ、ゆっくりと補足を始めた。

 「このまま何もしなければ研究協力要請という形で周囲が騒がしくなる可能性が大きい。入学時に喜王 沙衣君が事前に情報を掴んで接触したことからも君達への関心は増しているはず。何故彼らが君達に目を付けたか……それはそれぞれが理解しておいた方が良い。それは今後の対応にも繋がるでしょう。綾辻君は異能開花研究専攻、此方では掴み難い情報へのアクセスが可能だからメリットもある。そして、大学での暗黙の了解、他人の研究の邪魔をするべからず。手に入れる情報や人間は早い者勝ち。綾辻君が6人を協力者として、もしくは共同研究相手と開示することで大っぴらに手を出されなくなる」

 「綾辻君がそこまでする理由がないわ」

 「ありますよ! 深紅様のお助けすることは絶対だし、ツナギはもう俺の友達です! 利害関係というなら研究が捗って課題も出せればすっごく美味しいじゃないですか!」

 奥園冷静な問いかけに椅子を倒す勢いで立ち上がり、拳を握って柊斗は叫んだ。沈黙の中で柊斗はふーっ、ふーっと肩を揺らしている。ふっと誰かが噴き出したのを皮切りに笑い声が響き渡った。奥園ですら目が潤んでいる。柊斗はおろおろと挙動不審になり、それがまた笑いを呼ぶ。しばらくして笑い過ぎて潤んだ目を交わし合い、奥園が代表して目尻を拭いながら提案の受け入れを告げた。

 「提案に乗るわ。貴方、嘘つけないでしょう」

 「はい。隠し事ができません……」

 「いいんじゃない?」

 「え?」

 恥じるように俯いた柊斗の耳に明朗とした声が響く。驚いて顔をあげれば奥園が微笑を浮かべて見ていた。

 「疑ってばかりいるのは疲れるものよ。いいじゃない、嘘をつけない。信用に値するわ」

 深紅様……と柊斗の目が潤み、微笑ましいものを見るような空気が流れた。唐崎が少し意地悪な顔をして口を開いた。

 「どっちにしてもモルモットかよ? お前の研究テーマって何?」

 「能力は信じれば発現する、です!」

 「あー……なんかわりぃ、疑う方がバカな気がしてきた」

 「褒められている気がしないんだけど!?」

 「まぁ、頑張れ」

 唐崎のあしらいに柊斗が騒ぎ、何となく楽しげに見ている奥園に気付いて鎮静した。半弓が提案が無事に通るように計らうと約束し今日の集まりは終了した。そんな感じでまた1歩前進したのだった。けれど、振り返ればやはりツナギは動揺していたのだ。いつもなら欠くことのない配慮に気付かない。

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