問題は案外ややこしく。
傷に触らないように配慮した伸縮性のある布を使ったダークグレーのパンツとワインレッドのTシャツ、上に羽織るライトグレーのロングパーカー。傷を極力隠せるように配慮してくれたらしい。ツナギはありがたく袖を通す。
「着替え、終わりました」
「サイズは大丈夫だったみたいだね。これは学校支給だから遠慮なく私物にしちゃって」
「当然ね。足りないくらいと思いますけど」
にこやかな半弓に対して冷ややかな突っ込みをする奥園に場の空気が下がった気がする。椚がため息をつきながらツナギに近くのひとり掛けのソファに座るように手で示した。座るとソファに掛けられた淡いグリーンのカバーはふわりと温かくてホッとする。ツナギが手当てをしている間に配置替えをしたようでソファや長椅子がテーブルを囲むように置かれ、ツナギの真正面が半弓、半弓の左隣が奥園、右隣りが柊斗、奥園の隣が清野、半弓の斜め後ろに椚が立っている。
「はい、君にも飲み物。気持ちが落ち着くハーブティー」
突然肩越しに白衣の腕が伸び、不意打ちに硬直したツナギの顔のすぐ横を爽やかな香りをはらむ湯気が通過していった。ミントティーだろうか。
「ここのもうひとりの責任者、
肩よりも短い明るい色のパーマをかけた髪のぱっちり目の女性が自己紹介をしてツナギの斜め後ろの丸椅子に座った。
「ありがとうございます、飲み物」
「どういたしまして」
最近増えてきた両性配置、男と女が両方いてフォローし合えば互いにも他者にもきめ細かい配慮ができるという理念だ。積極的にその活動に賛同しようとまでは思わないが、単純に同性の方が話しやすいことも多いし、異性に抵抗ある人もいるだろうし、もちろん逆パターンもあるだろう。だとするなら相性は兎も角、男性も女性もいてくれた方がいいのではないだろうか、とツナギは思う。
「鳩村もしくは夕凪ツナギさん、君からの話も聞きたい」
「はい」
ツナギは淡々と図書室でシールドに弾かれたことから柊斗に助けられ今に至るまでを順立てて説明した。少し迷い聞き取ったテレパシーでの情報も付け加えることにする。なんとなくテレパシーで聴いたという部分は伏せて。
「彼らは常習のようです。……実験動物と言っていました」
その場にいる全員が眉を潜めた。柊斗がそろりと挙手をして発言を求める。半弓よりも奥園が早く頷きで促し、柊斗は即座に従う。
「國見、國見 コウとその仲間は俺と高校が一緒で、その頃から同じようなことをしていました。もちろん、通報はしたし、何度も指導されているけど、どうしてか立件に届かない、証拠どころが被害届も出ないからどうすることもできないって先生もよくぼやいていた。……でも、まさか大学に入ってまでも続けるとは思わなかった、です。」
「つまり、何らかの形で口封じしていたということよね。というか、そんな輩を入れる大学があり得ないと思うのは私だけでしょうか、先生方」
「……返す言葉もないよ、奥園さん。いや、みんな」
「学生経由で異能開花研究学科に過激思想が増えているという情報は掴んでいたが、まさか新入生でそこまでやるとは」
沈鬱な顔で頭を下げる半弓。救護医同士が頷き合う中、のんびりとした声が割り込んだ。
“だから、じゃないですか?”
「清野さん?」
“だって、新入生だから気が逸ってちょっとやり過ぎちゃっても許してもらえるよね、とか。もっといえば研究熱心って評価を貰えるかもー……みたいな”
「バカね、幼い子どもでももう少し考えるわ」
“変に知識が付いて、似た考えの人間が集まれば問題発生するのもよくあることじゃない?”
年上なだけあって清野はどこか達観したような苦笑を浮かべている。奥園は嘆かわしいと言いたげに頭を振り、気を鎮める如くカップを口に運んだ。当事者のツナギよりもピリピリとした重たい空気に居心地悪い気分で視線を彷徨わせれば、同じように居心地悪そうにしている柊斗と目が合い微かに表情を緩めた。
「異能開花研究学科の先生は呼ばないの?」
「もちろん呼ぶよ。ただ……確実に対処してもらうために外堀を埋めておきたいんだ。ちょっと、その……くせのある人だから」
「あー、オリエンテーションで会ったけど……データ重視の過激な人って感じだった」
「綾辻君、的確な表現だね」
先生達に褒められ照れている柊斗を見ながらツナギは小さくため息をついた。初日に会った危険な感じのする先輩に加え、新入生も問題あり(柊斗を見ればたぶん一部だと信じたいところだが)、教師も難ありと来た日にはすんなり解決するのだろうか。する気がしない。
「大丈夫?」
気遣わし気に顔を覗き込んできた綾瀬に意識して笑みを浮かべ頷く。
「大丈夫です」
そうとりあえずでもそう言わなきゃ希望が持てない。言霊の力を信じよう。
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