合流。手当て最優先。

 「深紅様の前で格好悪いところは見せたくない。しっかりしろ、俺……!」

 2度ほど壁に激突して漸く我を取り戻した柊斗は自分の頬を両手で挟むように叩いて気合を入れている。ツナギは廊下に血が垂れないようにハンカチで膝を押さえて歩いていた。そのハンカチにも血が滲んでくる有様だ。思ったより深手かもしれない。

 救護室があったのは大学の中心であり、裏玄関にいちばん近い場所だった。廊下を数歩横切れば着くくらいの。柊斗じゃなくても迷うのは必然という気がする。教師が案内しても「今日はこのルートは使えないから……」なんて呟くような環境じゃ辿り着ける気がしない。シュッとスライドした扉を潜り中に入ると人影が数人。奥園が軽く目を見張り立ち上がった。その後ろで清野が苦笑を浮かべる。

 「ごめん、集合時間に行けなくて」

 「寧ろ、どうして助けを呼ばなかったかと言いたいわ」

 「え、いや、図書館では静かにしないと?」

 ツナギとしては基本的にルールは守るものだと思っているし、入学して即行での面倒事も嫌だと思った結果だったのだが周囲の多かれ少なかれのあり得ないと言いたげな視線にヘンかな? と自身の言動を振り返り、他者に置き換え、

 「ごめん、謝るところが違ったよね。心配かけてごめん」

 「……ツナギって、やっぱり面白いな」

 少しの沈黙の後、柊斗が全員の気持ちを代弁するように一言。空気が少し緩み、半弓も小さく笑った。と、やや苛立った声がした。がっしりとした体つきの精悍な顔立ちの男が部屋の奥で腕を組んで睨んでいた。

 「いい加減に手当てをさせてほしいが」

 「くぬぎ先生」

 「半弓先生、本人抜きの事情聴取は嫌だとか非効率的なこと考えずに状況把握をしてくれ。この部屋に来た以上、手当てが最優先だ」

 「ええ、もちろん。鳩村もしくは夕凪ツナギさん、彼がここの責任者のひとり、椚 雅也先生。まず手当てを受けてきて」

 促されるまま椚のもとに近寄る。目で示されたカーテンに囲まれたスペースに入ると服を脱ぐように言われ僅かながらに動揺する。椚はそれを責めることはせず、落ち着いた声音で語りかけた。

 「まず怪我の手当てをするため、そして構内トラブルによる怪我は記録を撮ることになっている。無論、写真は厳重に管理する。……動きを見る限り、君自身が把握していない広範囲を負傷していると思われる」

 「わかりました」

 「君は電磁波影響を受けたことはないか?」

 「大丈夫です」

 「ちょっと目を閉じていろ」

 素直に目を閉じると数回瞼の裏に強いライトを当てられたような明るさを感じて「もういい」と声がかけられた。細かい質問を挟みながら処置が行われる。色々な体質に対応するために処置にも気を使うようだ。軽い消毒から、薬の塗布、保護テープ、湿布、一番重傷だった右膝はマテリアルシートと呼ばれる人間の皮膚構造と同じ素材で作られた治癒促進アイテムで傷を閉じ、経過観察と告げられ手当てが終わった。椚がカーテン越しに声をかける。

 「半弓、服一式攫ってこい」

 「それって……」

 「重傷1カ所、浅いがⅡ度の火傷2カ所、1度の火傷は6カ所、擦り傷7カ所、後から腫れそうな打撲2カ所、内出血15カ所。服も証拠として押さえたほうがいいレベルだと思うが」

 痛みはあまりないがこうして列挙されるとかなりの被害を受けたと認識に至り、今更ながらどっと疲労を感じてツナギは項垂れた。これは両親に隠せるレベルじゃない。もちろん、トラブルがあったからといって両親が大学や相手に行動を起こすことはしないだろうが、とても悲しむことははっきりしていてツナギはそれが嫌だった。少しでもマシに伝えるにはどうしたらいいだろうか。

 どれくらい考え込んでいたのかわからないが服を膝に置かれて我に返った。大きな手がツナギの頭にポンポンと軽く置かれた。向けられたのは慰めるような視線。

 「個人の手に余ることは我々の出番だ。君の不安を少しでも軽減できるように配慮するから、そんな心細そうな顔するな」

 そんな顔を、していただろうか。そういう気持ちを気取られるほどに動揺しているのだろうか。困惑するツナギの目を椚は高さを合わせて真っ直ぐに見た。

 「だてに養護教諭してないからな。君のようなクールな子でもなんとなくわかるものだ。着替えたら出ておいで」

 ツナギが頷くのを待って椚はカーテンの外に出て行った。意識を切り替えるように軽く頭を振り、半弓が持ってきたらしい着替えに手を伸ばす。何カ所か体に痛みが走った。負った傷は大半は服を着ていれば目立たなそうなことにツナギは静かに安堵した。

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