鳩村もしくは夕凪ツナギの災難

 ツナギは大学の構内を走っていた。髪は乱れ、皮膚のところどころにひりひりとした痛みが走る。油断していたわけではないが図書館で他の学科生のシールドに接触してしまったのだ。シールドで相手に怪我はない、寧ろよろけて本棚にぶつかったのはツナギだ。胡乱な目つきを不穏に感じすぐに謝罪して離れたがどういうわけか仲間を呼んで後を追ってきた。騒ぎになれば迷惑になると木曜メンバーに連絡する間もなく図書館を離れ、何度かの待ち伏せや挟み撃ちのシールドで弾かれ、スパークで火傷も顔や腕に負う。

 今までもシールドを持たないことで嫌がらせにあったことは多々あるが、ここまで執拗なのは初めてだ。こういう時テレパシーが送れれば助けが呼べるのにと思うもツナギにあるのは受信のみ。感度を広げて相手の情報や位置を少しでも把握するべく意識を集中する。

 『いつものように不意打ちシールドで脅かそうとしたら、吹っ飛んだ奴がいたんだってよ。今、面白そうだから加わってる』

 『シールド張ってなかったってんじゃなく?』

 『何度仕掛けても張らないんだ、張れないんだろ』

 『そんなの何で追ってんだよ』

 『追い詰めたら覚醒するかもしれないだろ』

 『実験動物ってことね、じゃあ、俺も参加』

 追ってくる連中の話の内容にさすがのツナギも眉間に皺を寄せた。図書館でのシールド激突は仕組まれていたもので、常習ということ。そして今も増えていく仲間も碌な相手ではなく、ツナギを実験対象としていることがわかったからだ。

 「暇人って言っちゃダメだろうけど……」

 追い詰められて覚醒、起死回生の一撃なんて小説めいた救いなんて期待しない。都合の良い奇跡に期待している暇があったら逃げたほうが良い。相手は集団、こっちはひとり。迎え討つのは現実的じゃない。

 どこをどう走ったのか中庭めいた空間に出た。丸く刈り取られた低木が何処かに続く道を縁取っている。道がどこに繋がっているのか見えず躊躇したのが災いした。

 「見ーつけた」

 にやにやと近寄ってくる相手をツナギは黙って見返した。ハリネズミのようにトゲトゲした黒髪に、黒目の部分が多くやたら大きく見える瞳。頬に指先ほどの大きさの緑の星のタトゥー。取り囲むように動くお仲間も揃えているのか偶然か髪型はそれぞれだが漆黒の髪だ。

 無表情なツナギに苛立ったのかトゲトゲが合図をした。総勢5人が一斉にツナギに近寄る。逃げ場のない状態でシールドに押し付けられたら軽い火傷では済まない。下手すると気を失うほどのダメージを受けるかもしれない。そんなことになったら両親やアイラが泣くだろうと憂う。どうにかしたいが打開策が見つからない。内心の焦燥がピークに達するその瞬間、ドンッと大きな音がして目を閉じた。

 「シールド攻撃!」

 地面を滑るような音と呻き声、激突音に目を開けてツナギはあっけにとられた。5人中3人がふっ飛ばされて地面に転がって呻いており、なんとか避けたトゲトゲともう一人が悔しそうにツナギを庇うような位置に腕を組んで胸を張っている男を睨んでいた。歳はたぶん同じくらい。背はツナギより高い。白金色のサラサラ髪が光に透かした綿毛のように見えた。

 「な、なに邪魔してんだよ! 鋼鉄バカ!」

 「國見ー、オレは助けてやったのよ? こいつが本気でシールド展開させたら……怪我じゃ済まないぜ?」

 トゲトゲ、國見は笑い飛ばそうとして恐れが勝ったような顔をして仲間とともに立ち去って行った。

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