鳩村もしくは夕凪ツナギの芽生えた疑問

 ものすごく今更ではあるがツナギは祖父母を知らないことに気付いた。いや、父の両親は早くに亡くなっていることは聞いたことがあった気がする。でも、母方の背景はまったく知らないことに。叔母がいたことも今回の件で初めて知った。

 今の世は体外受精培養出生が多いから、極端な例だと結婚やパートナーを必要とせず子どもだけが欲しい人がデータを選んで相手に会うこともなく自分の子どもを手に入れられる時代だ。これも感染への恐れから一気に進んだものだが弊害として繋がりが淡白になりがちで、作ったはいいが世話は他人に任せきり、子どもが親のことを一切知らないということも多々あるという。……母もそうなのだろうか。

 「ツナギ」

 開けたままだった部屋の扉がノックされ、我に返って振り向くとうつつがしたり顔で苦笑じみた笑みを浮かべていた。手招きされ散歩に誘われる。

 「仕事は?」

 「お休み。いつでも傍にいたい時に休めるよう僕はバリバリ仕事をしてあるからね」

 得意げに笑う父はひそかにツナギの理想だ。誰かのために胸を張って行動できる人でありたい。喜怒哀楽は薄いと言われがちなツナギだが心の中は結構色々考えているし、思っている。

 今の時間は10時過ぎ。まひろが在宅勤務でクローズしている間に散歩に誘ったらしい。まひろに支給されている在宅システムは登録した時間、自室が施錠され作業状態が会社本部に送信される仕組みだ。もちろん、トイレや水分補給などの行動が制限されることは無く、施錠はあくまで基本的。重要なのはその間情報が漏洩しないよう特殊なシールドが展開されるというもの。その範囲に端末を持って入ってしまったら良くてロック、悪いと壊されてしまう。

 まひろの仕事は多種多様な情報を必要な場所にまとめて送る情報士。依頼を受けて集中的に調査こともするらしい。神経を使い扱いが難しいため、まひろは殆どクローズの時間、外に出ない。うつつもそれを知っているからクローズ終了までには家に戻っておくつもりなのだろう。ツナギはうつつの少し後ろをおとなしく付いて行く。

 「父さん、母さんのこと、聞いていい?」

 「うん、聞きたいんだろうなって思ってた」

 「……僕、叔母さんがいるって初めて知った」

 「うん。……驚いた?」

 「驚いたというか、実感が湧かない」

 だろうねと言いたげに頷いてうつつは道端の半透明なスツールのような休憩アイテムにおもむろに腰かけて、目線でツナギを促した。道端の至る所にあるこのアイテムは誰かが座って離れると自動的に消毒されると言われている。思えば座ったことなかったかもしれないと思いながら腰かけると、少しのっぺりとしていた。ソファーほど沈まないけど、微妙に体重で凹んでいる。

 「僕もお義父さんのことは知らないけど、お義母さんとましろさんに1回だけ会ったことがある。なんというか……どちらも捉まえるのが大変な人で結婚の挨拶しようと必死で探したよ。まひろさんと」

 「え、母さんも居場所を知らないの!?」

 「うん、事情があってあまり接触したくないみたいでね。『母はいないものと思え』って言われてると聞いたよ。あ、勘違いしちゃダメだよ? わかりずらいけど娘思いの人だから。まひろさんもその確信があるからお母さんが大好きで、数えるほどしか会ったことがないけど嫌われていると思ったことないんだって」

 どう反応したらいいのだろう。ツナギは僅かに唸る。勘違いするなと言われても自分の周囲はどうしてここまで善意な見方ができるのか。くすっと声がして顔を上げれば懐かし気に空を見上げたうつつの横顔が目に入る。

 「勝手に幸せになりなさい」

 「え?」

 「そう言ったんだよ。ずーっと背中向けて僕らが諦めて帰ろうとしたら。まひろさん、号泣しちゃってね。お義母さん暫くしてプイッといなくなって、戻ってきたと思ったらバサッてバスタオルをまひろさんの頭に投げつけて、『べそべそ泣いて速攻でふられる気なの、あんたは』、僕、必死でふりません!って叫んだんだ。そしたらなんて言ったと思う?」

 全然想像ができない。半ば呆然としているツナギにうつつは勢い良く指を突き出した。

 「さっさと持ち帰りなさい、鳩村うつつ! ……すごい人でしょ。ツナギもね、会ったらわかるよ。言葉はキツいし、一見優しいと思えないし、でも……目が真剣で娘のことを思ってた。幸せにしないと許さないって」

 「で、持ち帰ったんだ」

 うつつは得意満面で頷く。

 「持ち帰ったよ。そのまま一緒に暮らそうって話になって、翌日が僕仕事でね。家路を急いでいたら、どういう仕掛けか横に生えてた低木の枝がしなってぶつかってきて、尻もちついちゃって。目の前に立って見下ろしていたのがましろさん」

 「なんでわかったの?」

 「ん? 『姉さんを泣かした地獄を見せるから。名前と同じく他の女にうつつ抜かすんじゃないわよ。私のことを言っても殺す』って大量の四つ葉のクローバー混ざった白詰草を顔に投げつけられた」

 「なんか……物騒だね。って、照れ屋って感じじゃないよね?」

 「そうだねぇ……でもさ、四つ葉のクローバーって祝福、幸せを祈る意味があるでしょう。四つ葉と合わせたら幸せの約束。あ、でも復讐って意味もあるみたいだから、もし僕がまひろさんを傷つけたらそうするって意味なんだなって。……2人とも特に身内に対して素直じゃないんだと思う」

 ツナギは複雑な思いを抱えながらも深呼吸をした。疑問が増えた。どうしてそんな関係性なのか。どうして音信不通だったのに今年はプレゼントを贈ったのか。気になる。だけど、

 「母さんは、ちゃんと大事にされているん、だね?」

 「うん。まひろさんの半生や抱えるものは、まだ僕からは言えないけど、まひろさんは愛されていて、僕とツナギといられてシアワセなんだってことを伝えたかったんだ」

 ふと、喜王のモルモットという言葉がツナギの脳裏をかすめた。まひろの抱えるものに関係しているのか。もしかしたらいずれ知ることになるのかもしれない。だけど今は。

 「父さん、ありがとう」

 「どういたしまして」

 うつつは愛し気に目を細めた。世の中は体外受精培養出生が多いけど、愛情はそれぞれに注ぐことができる。ツナギもまた両親にとても愛されて育っている存在だ。うつつはひっそりと思っている。ツナギがシールドを持たないのは人の愛情を、優しさを信じられる子に育っているからじゃないかと。だから、世間からは不完全といわれていたとしてもうつつもまひろも笑い飛ばす。

 「さぁ、そろそろお昼の準備をしないとな。ツナギのホットケーキが食べたい」

 「じゃあ、卵買わないと。昨日のお菓子作りで残り少ないから」

 「そろそろ、配達ドローンが来る」

 「……父さんって、抜かりないよね」

 うつつはサムズアップをして得意げに笑う。それを見てツナギも穏やかに笑い返す。平和な日常を何よりも大切にしたい。その大切さを忘れないでいたいと思っているから。

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